prologue

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人は進むべきだろうか、振り返るべきなのだろうか。 タイムリープができるようになったこの世界では、その二つが未だに激しい論争を繰り返しており、新たな社会問題となって世界を苦しめている。一人につき5回まで過去に戻ることを許可されたが、それでも人の生死や政治を変えることなど、後の人類に大きな損害を与える改竄は原則として禁止されており、それを犯した人間は、時空過剰変換者として、後ろ指を刺される。 僕個人の意見としては、タイムリープには賛成だ。僕自身も3回タイムリープをしているのだから、反対とは言えまい。けれど、何か一つ変えるというのは、何か一つがまた変わるということだ。それで、苦しむ人間も見てきている僕は、正直に言って仕舞えばとても心苦しい。人が作ったもので人が苦しむというのは、今も昔も同じようだ。 話を戻そう。賛成派と反対派で、真っ二つに意見が割れたこの世では、住む世界すら違う。地球の半分は、反対派の土地で、もう反対は賛成派の土地である。賛成派は、タイムリープの承認による科学技術の発達と医療の進歩により、利便的かつ、何よりも人が快適な暮らしを実現できている、というのが現状だ。 一方の反対派はと言えば、タイムリープができる前、わかりやすく言えば、2020年のままで時が止まっている。いや、生活が変わっていない、と言った方がいいだろうか。地方に行けば行くほど、タイムリープへの嫌悪感が強い老年層がおり、そこには最新機械の一つすらない。まとめれば“懐かしい空気“というべきだろうか。 二つの環境を隔てるフェンスは二つの意見を今でも割ったままである。 そんな苛烈化するばかりの世論の中で、最も自由 … というよりも、最も人間らしい生活というのを送っているのが中立派御一行だ。彼・彼女らは二つの環境を行き来し、楽しそうに暮らしているのだ。 だが、必ずしも彼らが幸せとは限らない。彼らの中には、時空過剰変換者がいるため、彼らもそれを起こした時点で中立派と見做される。 さて、前置きが長くなってすまない。 僕は、しがない記者として反対派と賛成派の意見をまとめ、お偉いさん方及び、世界に発信している。昔はそのうち廃れると言われていた記者も、今となってはなくてはならない存在となっているのだから、皮肉なものだ。 僕らにとっても、中立派や時空過剰変換者の意見というのは貴重であり、この情報社会において最も重宝されて然るべき情報と言っても過言ではない。僕らのように二つの世界を行き来できる職業ならばともかく、他の人は何も知らないのだから。 「初めまして。今日はよろしくお願いします。」 「あぁ、よろしく。」 目の前にいる好々爺こそ、僕らが求めている意見の持ち主だ。茶色の杖をつき、髪は黒髪に白髪が混じっているが、背筋はピシッとしており、ボケた様子も見られない。 彼の杖には燦々と輝く金色のチェーンがかけられていて、チェーンの先にある球体の表面には華やかな模様が彫られている。その装飾品を穏やかな手つきで触れながら、好々爺は話し出す。 「君は、時間改竄に対してどう思っているのかな?」 「え?」 驚いた。中立派の方の意見を聞く一方で、自身の意見を聞かれるということなどなかった。その質問だけで、この好々爺からは、どれにも当てはまらない特別な“何か“を感じた。なぜそんなことを僕に求めるのか、それはわからない。 「えっと…. 僕は、賛成だと思います。特に何か特別に賛成というわけではありませんが、僕はすでに3回戻っているので、今更反対を名乗るわけにもいかず …. 」 「そうかい、そうかい」 好々爺は穏やかにうんうんと頷いた。その顔は穏やかで、和やかに笑っていた。 「つまり、」「君はまだ迷っているんだね?」 「え」 「どちらが正解なのかで、答えを出すことを考えあぐねているんだね。」 笑って細められていた目を好々爺はゆっくりと開いていった。右目は日本人らしい茶色の目だが、左目は深い青色だ。 「迷うだろうねぇ。君はまだ若い。どちらの世界も見ていれば、迷うのも無理はないだろう。」 「ただ、迷うの決して悪いことではないよ。若い頃はたくさん迷いなさい。」 「は、はい …. 」 「私が今から話すのは、時空を動かした人の話だよ。」 「今にも昔にも、大きな影響を残した人だ。」
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