満月のきみと 新月のぼく

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 ぼくには、もったいないくらい美人の彼女がいる。  彼女は身長が170cm以上もあって、ぼくよりも背が高い。  小顔だし、鼻筋が通っていて、真っ赤な口紅がよく映える。  細身でスタイルも抜群。  もう、どこからどう見ても、モデルさんみたいだ。  どうしてそんな彼女が、ぼくとつき合ってくれているのか。  それは『世界七不思議』のひとつに数えられている。  ◆◆◆◆◆  もともとは、高校の同級生だった。  彼女は高校3年のときに、ぼくの通う定時制高校に転校してきて、同じクラスになった。  その頃から彼女の美人っぷりは学校をにぎわせ、転校してきた1ヶ月後には、5人の上級生から告白され、そして全員を振ったそうだ。  定時制高校は4年制なので、高校3年生でも先輩がいるのだ。そのほとんどが、フリーターだけど。  上級生を振りまくった噂は一気に校内へ広がり、女子生徒に嫌われた。  そして彼女は、男子生徒からも距離を置くようになる。  定時制高校という小さな世界で、彼女は1人孤立した。  高校3年の受験時期になって、全日制から定時制へと転校してくるなんて、家庭環境が複雑だからに決まっている。  周囲を取り巻いている様々な鬱屈が、彼女の心を蝕んだ。  そんな彼女は、ぼくを召使いのように扱った。  年上の同級生ばかりの中、現役生で同い年なのがぼくくらいだったからなのだろうか。  いきなり人を呼びつけては、ぼくに仕事を言いつけたり、  約束を取り交わしたはずなのに、突然すっぽかされ続けたりした。  彼女は本当に、最悪な性格の持ち主だった。  彼女のワガママにぼくはいつも腹を立てていた。そんな彼女のことが、ぼくは嫌いだった。  いや、好きだったかのもしれない。  そんなもので、当時のぼくは彼女と距離を置くことにした。  ぼくにだってプライドはある。彼女のワガママに振り回されるのは、もう我慢できなかったからだ。  そうしてそのままなんとなく、時が過ぎ学校を卒業して、ぼくと彼女の縁は切れた。  彼女はスマホを持っていなかったので、もう2度と連絡を取ることができない。  ただそうなってみると、ぼくの心には喪失感が募るばかりだった。  ずっと音信不通だったが、  それから1年以上経って、どこで連絡先をつかんだのだろう。彼女から連絡があった。  話を聞いてみると、またぼくを呼びつけて仕事を言いつけるつもりだったようだ。  もう2度と行くもんか。  という意地を張り続けるはずだったのだが、  結局は、尻尾を振って呼び出しに応じてしまった。  でも、ぼくにも意地がある。  これ以上、彼女のワガママには我慢ならん。  毅然とした態度を取るはずだったのだが、  彼女と会うたびに、彼女のことが好きになってしまう。  それではますます、彼女の言いなりだ。  ぼくは、抵抗し続けた。  何から?  それはもう、彼女の魅惑からに決まっている。  そしてある日のこと。  2人で川沿いを歩いていたとき。  彼女が、手をつないできた。  新手の悪ふざけに、ぼくが動揺を隠していると、  今度はキスされた。  もう、  驚いたというよりも、積年の想いがあふれてきて、  ぼくは泣いてしまっていたかもしれない。  そんなことがあってぼくたちは、なんとなくつき合う運びとなった。  どうしてあのとき、彼女はキスしてくれたのか?  それが先ほども言った『世界七不思議』という訳だ。  ◆◆◆◆◆ 「ねぇ、柏崎くん」  秋風も薫る9月も下旬を迎えた頃。  葛西臨海公園にあるマグロの水族館をブラブラしていると、隣を歩く琴葉が声をかけてきた。 「なんだよ、芹野」  ぼくは琴葉を振り返る。  ぼくたちのなれそめは『高校の同級生』。  だからそのときの名残なのか、今でもお互いのことを苗字で呼び合っている。  彼女は芹野(せりの)琴葉(ことは)だから、ぼくは彼女のことを『芹野』と呼ぶ。 「分かってるの?今日は中秋の名月だって」 「中秋の名月っていうことは・・・十五夜お月さんか?」 「そう。お月見をしたいとか、思わないの?」  相変わらず、琴葉は高圧的に物を言う。  それも仕方ない。  ぼくたちの関係は、常に琴葉の方が優位なのだ。  高校で出会ったときから、ずっと。  でもぼくには分かっている。  琴葉は、こう言いたいのだ。 『ねぇ、柏崎くん。今日は中秋の名月だから私、柏崎くんと一緒にお月見がしたいな ♡』  柏崎earで聞くと、琴葉の言葉はこう聞こえる。  だからぼくは、こう答えた。 「葛西臨海公園って観覧車があるから、暗くなったら乗ってみようか?高いところから見る月は、きっとキレイなんじゃないか?」  ぼくの提案を聞いて、琴葉はツンと鼻先を上げる。 「別に、それも悪くないわね」  そうして琴葉は、ふいにぼくから視線を外し、その頬をわずかに赤らめた。  彼女のご機嫌を取り戻したようなので、ぼくもホッと胸をなでおろした。
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