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1)大切な家族
「潤さん、行ってきます」
空羽(そらはね)家の、朝7時。
「父子」の1日は、ある男性の遺影に挨拶する事から始まる。
其々の大きな手と小さな手を合わせながら。
遺影の中の男性は初老といった感じか。穏やかに佇み、温かい眼差しを二人に向けていた。
朝の「三人」の瞬間は、静かに、穏やかに流れるーー
静かな時間は、小学1年生・蒼(そう)の登校前の元気な声が終わりの合図だ。
新一年生の証の、黄色いカバーが着いた蒼いランドセルを背負う。
「碧(あおい)さん、行ってきまーす!」
「蒼、またランドセル開いてるよー。閉めて行かんと挨拶したときに大変な事なると何度言えば」
「碧さん、お願ーい、閉めてー」
甘える蒼に、碧は呆れながらランドセルを閉める。
「背負う前に自分で閉めろよー」
蒼はえへへ、と笑いながら、再び行ってきまーす、と言って、迎えに来た上級生と一緒に元気よく出て行った。
「全く、蒼は誰に似たんだか…」
碧はため息をつきながら呟いたが、そそっかしい自分にも似た事を思い出し、呆れながら笑った。
「俺に似たのか…」
碧は潤(じゅん)の遺影に目を向ける。
「ねぇ、潤さん、蒼はいつになったら、ランドセルを閉め忘れないようになるのかな」
碧が無邪気に問いかけても、写真の中の潤は穏やかに佇むばかり。
きっと傍にいても、潤は穏やかに諭すのだろうーー
「潤さんなら…俺みたいに騒がずに、落ち着いて言い聞かせるんだろうな…」
碧は少し胸を痛めながらも、潤が蒼を諭す場面を想像し、苦笑いした。
「さて、俺もそろそろ行かないとね」
碧はスマホでスケジュールを確認すると、身支度を始めた。今日は新曲の打合せがある。
段取りが苦手な碧が、今日の予定を目視で確認するのが日課となっている。
「父親」の碧と、一人息子の蒼。
そして、この世を去ったけれど大切な家族の「潤」
「三人」の慌ただしい生活を、庭先の藤棚の葉が、微風にゆらゆら揺れながら見守っていた。
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