35)痛みを温もりに変えて

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35)痛みを温もりに変えて

翡翠と優陽の目の前で、一糸纏わぬ、「女性の姿」をした蒼。 その瞳は、固く閉ざされていたーー 蒼には、翡翠と優陽の表情はわからない。 3人の間に、闇を纏うように沈黙が流れていたーー 蒼が優陽の事務所に行く前の日。 蒼は今迄にない、自らの異変を感じていた。 畝るような、身体が大きく波打つような… ふと、胸元に手をやると、どこか柔らかな膨らみを帯びている。 (まさか…俺は…?) 蒼は恐る恐る、自らの胸元を覗き込む (これが…俺!?) 胸元を見た蒼は、自分の体が自分ではない気がしていた。 更に、衣服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿を鏡の前に晒す。 鏡に映っていたのは、 女性の身体の「蒼」だったーー 「そんな…これは…俺じゃない!」 蒼は身体を震わせながら叫び、胸を押さえた。 自らの激しい変化に苦しくなったのた。 「蒼…君も…」 その瞬間の一部始終を、偶然碧が見ていた。 蒼は碧を見て、一瞬のうちに初めて「女性の姿の碧」を見た瞬間が頭をよぎった。 「碧さん、ごめんなさい、ごめんなさい!」 幼い頃、「得体の知れない」姿の碧を、心ない言葉で罵った蒼。 激しく後悔していた。 慟哭する蒼の肩を、碧はただ、黙って抱いた。 (俺だけじゃなく…蒼まで…) 碧は蒼の変化による驚きより、蒼が苦しんでいる事に胸を痛めていた。 碧自身も若い頃、突然に女性の身体に変化した瞬間を思い出し、胸が張り裂ける気持ちになっていた。 自分にはあのときは潤がいたから、変化を受け入れる事ができた。 でも、蒼は…今後俺がいなくなっても…理解してくれる人がいるのだろうか… 碧には、変化と違和感に打ちひしがれる蒼にかける言葉がなかった。 次第に蒼の気持ちも落ち着く。 蒼は、碧からゆっくりと身体を離した。 「碧さん、ありがとう…」 碧の優しさと寄り添いが、蒼に伝わる。 (碧さんなら…わかってくれそうだ…) 「蒼……こんな身体にしてしまってごめん…こんな身体に…君を宿してしまって…ごめん…」 碧が振り絞りながら伝えると、蒼は首を横に振った。 「碧さんが…謝る事じゃないよ…」 「生まれたお陰で…」 (翡翠と出逢えたんだから…) 蒼は、碧には翡翠の事は未だ話していない事に気付き、言葉を続けるのを思いとどまった。 翡翠は色々ありそうで、碧にも早計には話せない。 幸い、蒼の声は小さく、碧には届いていなかった。 「とにかく…俺は生まれなかったら、碧さんにも潤さんにも…あの綺麗な藤の花も見られなかったんだから…」 蒼が必死に笑顔を作っているのを、碧は痛いほど感じていた。 「蒼…藤棚に行こう!」 碧はとっさに蒼の手を引き、永遠の藤棚に続く扉を開けた。 悲しくて絶望でいっぱいになったときは… あの藤棚で「三人」で過ごそうーー 碧と蒼の目の前に広がるのは… 「紫と白の…濡れない雨…」 蒼は思わず呟いた。 幼い頃に身体いっぱいに降り注いだように、優しい紫と白の藤が、再び蒼を癒すように舞う。 「きれい…」 碧と蒼は藤の花びらを、手に取る。 小さな花びらから、優しい温もりを感じた。 その中に、薄紫色の藤が優しく舞った。 目の前には、三色の藤が咲く幹が… 「潤さん…やっぱりここにいるんだね…」 碧と蒼は、潤の藤の幹にそっと手を添える。 藤の花々が、微笑むように揺れる。 蒼の戸惑いに寄り添う優しさにも溢れていたーー 「潤さん、傍にいてくれて、ありがとう…」 潤の姿は見えないけれど、 碧と蒼は、優しく揺れる藤を見ながら、潤の存在を確かに感じていたーー (この藤を…いつか、翡翠さんに見せたい…その為にも、生きるんだ!) 三色の藤を見ながら、蒼の中に強い決意と希望が芽生えたーー db313f17-99d6-4672-8733-72dc4f6815c0
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