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3)碧の秘密
空羽家の1日の終わりには、碧と蒼は一緒にお風呂に入る、という事を日課にしていた。
理由は、蒼がまだ上手に髪の毛と背中を洗えないからだ。上手に洗えるようになるまでは、碧が一緒に入る。
蒼の背中には、薄紫の藤の花が咲くとはいえ、夏には時折汗疹ができる。
碧が丁寧に洗う度に、蒼の症状は改善していく。
「お花もきれいにしないとね!」
蒼は石鹸泡たっぷりの垢すりを、碧の背中の白い藤に当てる。
碧は蒼の小さな背中を、蒼は碧の大きな背中を丁寧に洗う。
「男同士」とはいえ、そのうち一緒に入らなくなるだろう。
(お互いの藤が、いつまでも綺麗に咲き続けますように)
碧は心の中で願いながら、蒼の背中を流す。
色々な話をしながら1日の疲れを癒す事が、碧と蒼にとっては、何よりの楽しみであった。
二人は髪や身体を洗った後、湯船につかる。
幸い、蒼の前では、碧は女性の身体に変化しない。
だが、いつかは話さなければならないだろう…
蒼が生まれることになった経緯と、俺の身体のこと、いつ、どうやって話そうか…
「碧さん!碧さん!」
考え込む碧に、蒼は不安そうに呼びかける。
「碧さん、たまに黙っちゃうよねー」
「あはは、ごめん…」
碧は膨れる蒼に笑って謝った瞬間、身体の中に大きな異変を感じた。
畝る波に飲まれるような、あの感触ーー
(まさかーー!?)
碧は嫌な予感がして、胸元に手を当てる。
すると、入る前より膨らみを感じた。
(まずい!女の身体に変化しようとしてる!)
(蒼に気づかれてしまう!)
碧は慌てて湯船を出る。
「ごめん!蒼、ちょっと先に出る!」
「うわっ!碧さん!お湯飛ばさないで!」
もちろん碧は見られないよう、わざとお湯を蒼にかけたのだ。
碧は急いで体を拭き、髪も乾かさずに新しい衣服を着た。
その間、過呼吸になりそうなのを何とか落ち着かせる。
(大丈夫だったかな…?)
碧の心身は震えていた。
もし、見られてたら…
碧は浴室の閉じた扉を見ながら、蒼が何事も無かったようにお湯を流す様子に少し安心したが、俯いて体を震わせた。
「碧さん、大丈夫?」
碧は蒼の声に我に返った。
お風呂から上がった蒼は、心配そうに碧を覗きこむ。
碧は蒼が髪の毛や顔を拭く姿を見て、ハッとした。
「蒼、ごめんな…目や耳や口に、お湯入らなかったか?」
思いっきりお湯をかけたから、もしかしたら…
「ううん、大丈夫。それよりさっき、碧さんは俺に思いっきりお湯かけたから、今度仕返しするよ!」
「おいおい、蒼はいつも無茶苦茶ぶっかけるからな、怖えぇよ」
碧は笑いながら、蒼の髪をドライヤーで乾かす。
蒼がいつものやんちゃな様子に戻り、碧は安心した。バレていない事も含めてーー
蒼の前で、女性の姿に変化するのは初めてだっただけに、碧の心は震え続けていた。
(もし、見られてたらーー?)
蒼は、驚くだけでは済まないだろう。
もしかしたら、蒼の人生を大きく左右するかもしれないんだーー
いつかは話さなければだが、
今は話すと、蒼の為にも良くないのかな…
蒼が寝静まり、碧は一人になると、女性の身体に変化した潤を初めて見た時のことを思い出した。
あの時も、潤に力づくで追い出されたんだ…
怒っていたのに、悲しそうな表情。
そして、扉越しに響いた潤の「泣き声」ーー
静かに泣いていただろうに。
今でも、碧の心に悲しげに響く。
俺に身体を見られた瞬間、潤さんは不安で仕方がなかったのかな…
俺は、潤さんがどんな姿でも良かったのに…
潤と結ばれたとはいえ、碧は潤に対する「驚き」に、今でも胸を痛めていた。
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