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ぼくが、奈々子さんと初めて出会ったのは、コミケの会場だった。
ぼくは大学時代から少年ステップ好きな友達と一緒に、同人サークルで漫画を描いていた。
大学を卒業して24才になった頃、ぼくは初めての個人誌を作る。
少年ステップに連載されている『双眸の龍牙』の主人公、真大寺龍進のアナザーストーリーだ。
ぼくの名前は初志なので、個人誌のタイトルは『初龍烈伝』にした。
カッコいい主人公に、カッコいい本のタイトル。
そういうのが、ぼくの目指す好みだった。
初めての個人誌は、果たして売れるのだろうか?
そんな思いで、コミケ会場でドキドキしながら売っていると、
ぼくの本を手に取ってくれた女性、それが奈々子さんだった。
奈々子さんも同人誌を売っている側の人間だというので、
『可愛らしい女性だった』という下心もあり、ぼくはお返しに奈々子さんのサークルを訪ね、彼女の同人誌を購入した。
驚いたことに奈々子さんのサークルは『女性向け創作』で、かなりキワドイ内容の同人誌だった。
女性なのに、こんなにエッチなことを書いちゃうんだ!
そう思って、当時のぼくは、ずいぶんドキドキしたものだ。
◆◆◆◆◆
それ以来、奈々子さんとは年に数回ある同人誌即売会の会場で、
お互いのブースで会ったりすると、新刊を買い合ったり、少しずつ言葉を交わすようになる。
1年ほど経つと、割と仲良くなってきて、
即売会が終わった後の『集団打ち上げ』へ、一緒に参加するまでになった。
そこでぼくは、奈々子さんの年齢を知る。
奈々子さんは、ぼくより3つ年上。現在28才。
一緒に話すようになって、奈々子さんのことが少しずつ知れる。
正直に言って、この頃からぼくは、奈々子さんのことが好きになりかけていた。
奈々子さんは可愛い。
女の子らしいフリルのついた服装も、クラクラするほどよく似合う。
でも、それだけじゃない。
奈々子さんは、みんなの盛り上げ役で、
普段から話しているときも、飲み会でワイワイ騒いでいるときでも、
わざと変な話し方をして、躊躇なく自虐ネタを振りまいては、周囲の笑いを誘う。
あんなに可愛いのに、
サービス精神が、これでもかって程にすごい女性。
ほんとうに尊敬する。
飲み会の席で、
ぼくが『双眸の龍牙』の作者である、星野淳介先生の直筆サイン会があるという話をすると、
奈々子さんはヤーヤーと乗り気になって、2人で盛り上がって、なんと一緒に行くことになった。
まさか、
奈々子さんと、デートをすることができる日が来るとは!!!
◆◆◆◆◆
そうしてぼくは、
星野先生のサイン会なんてそっちのけで、奈々子さんのことばっかりを見ていた。
奈々子さんとデート。
もう、こんなチャンスは2度とないかもしれない。
そう思ったぼくは、
サイン会の帰り道で、思い切って奈々子さんに告白した。
奈々子さんは最初、驚いた様子だった。
でもそのあと、ぼくに気を遣ってか、にこりと笑顔を作る。
「ありがとう、初志くん。その気持ち嬉しい。でもごめんね」
・・・やっぱり、ダメだった。
理由を聞くと、ぼくは奈々子さんの『好み』とは、ちょっと違うタイプなのだそうだ。
奈々子さんの『好み』って、どんなのだろう?
そうしてぼくたちは、
『これからも友達として仲良くしよう』と誓い合って、お互いの帰路についた。
ぼくの、
ひとつの青春が、終わった日でもあった。
◆◆◆◆◆
その後、同人誌即売会で奈々子さんのサークルの人たちと話す機会があり、思いがけず奈々子さんの『好み』というものを知ることになる。
奈々子さんの『面食い』は超有名で、
K-POPグループの『SHAVER』くらいの顔面偏差値でないと、受け付けないそうなのだ。
『SHAVER』くらいの顔面偏差値・・・
それは、
そんな美顔イケメンを求められたら、到底ぼくにチャンスが巡ってくる筈などなかった。
しかしそれを機に、ぼくは目が覚めた気もした。
奈々子さんの理想に少しでも近づくため、ぼくは近所の1000円カットじゃなくて、美容室へ通うようになり、
着る服もシマムラの特売ではなく、GUでマネキンが着ている服を、買うようになった。
『SHAVER』のイケメンたちは、綺麗にお化粧して美顔を保っている。
さすがにぼくが化粧にまで手を伸ばすのは気後れしたので、せめて化粧水を使って、お肌の手入れだけした。すると、みるみるうちに肌ツヤが良くなってきて、これが病みつきになる。
あれから奈々子さんは、同人誌即売会で会っても、約束どおり気軽に声をかけてくれた。
『これからも友達として仲良くしよう』
ぼくも、胸に残る恋心は封印して、その約束を実践した。
ある日、奈々子さんがぼくに「最近、初志くんは雰囲気変わったね。オシャレになったよね」と言ってくれた。
嬉しかった。
それなりにしたぼくの努力が、報われた瞬間だった。
◆◆◆◆◆
そうして数ヶ月、ぼくたちの間には何の進展もないまま、お互いそれぞれの日常を過ごしていた。
でもそんなある土曜日の夕方、
突然に、ぼくのスマホが鳴る。
「もしもし、初志くん?お台場のガンダム見に来てるんだけど、よかったら今から来れる?」
突如たる奈々子さんからのお誘い。
訳も分からなかったが、せっかくの奈々子さんからの呼び出しだ。応えない理由がない。
ぼくは取るものもとりあえず、お台場へと走った。
◆◆◆◆◆
お台場に着くと、巨大な等身大ガンダムの前で、1人佇む奈々子さんがいた。
いつものオシャレな、リボン付きの可愛い洋服。
ぼくの到着に気付くと、奈々子さんは振り向いて、にっこりとぼくに笑いかけてくれた。
ぼくが奈々子さんと並んで歩き始めると、いきなり「最近のガンダムは、ガンダムとして認めるか、そうじゃないか?」という議論をぼくにぶつけてきた。
最近のガンダムには、ぼくもそれなりに思うところがあったので、トークが白熱する。
そのまま夕飯を食べに、飲み屋さんへ入っても、ぼくと奈々子さんの熱い議論は続いた。
奈々子さんは日本酒まで手をつけ始め、
ベロベロになってまで『東欧の貴公子』と一部の間で名高いカイザー・ラインハルト侯の推しポイントを、ぼくに力説してくれた。
深夜の12時を回っても、奈々子さんはヒレ酒を離さず、まだ飲み続けるのだと言う。
そろそろ、終電もなくなる。
ぼくは帰宅を促すのだが、酩酊状態の奈々子さんは遂には寝てしまい、
仕方なくぼくは、そんな奈々子さんをタクシーに乗せて、ぼくのアパートに連れて来るしか手立てがなかった。
◆◆◆◆◆
ぼくは、タクシーから奈々子さんを下ろし、
ほとんど意識のない奈々子さんを、部屋のベッドへと連れて行き、横たえさせる。
ぼくのベッドで眠る奈々子さん。
スカートから覗く白い足から、目が離せない。
今ならスカートをめくったって、絶対に気づかれないはずだ。
大好きな人が。
ぼくのベットに寝そべっていて、
その寝顔が、いつになく可愛らしい。
すやすやと寝息を立てる、
つややかな紅い唇。
乱れた胸元、そしてスカート。
ゴクリ・・・
ぼくは、そんな無防備な奈々子さんに誘われ、そっと近づいた。
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