第4話 逆さ紅葉は 黒く燃ゆ

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 ぼくが、奈々子(ななこ)さんと初めて出会ったのは、コミケの会場だった。  ぼくは大学時代から少年ステップ好きな友達と一緒に、同人サークルで漫画を描いていた。  大学を卒業して24才になった頃、ぼくは初めての個人誌を作る。  少年ステップに連載されている『双眸(そうぼう)龍牙(りゅうが)』の主人公、真大寺(しんだいじ)龍進(りゅうしん)のアナザーストーリーだ。  ぼくの名前は初志(はつし)なので、個人誌のタイトルは『初龍烈伝』にした。  カッコいい主人公に、カッコいい本のタイトル。  そういうのが、ぼくの目指す好みだった。  初めての個人誌は、果たして売れるのだろうか?  そんな思いで、コミケ会場でドキドキしながら売っていると、  ぼくの本を手に取ってくれた女性(ひと)、それが奈々子さんだった。  奈々子さんも同人誌を売っている側の人間だというので、  『可愛らしい女性(ひと)だった』という下心もあり、ぼくはお返しに奈々子さんのサークルを訪ね、彼女の同人誌を購入した。  驚いたことに奈々子さんのサークルは『女性向け創作』で、かなりキワドイ内容の同人誌だった。  女性なのに、こんなにエッチなことを書いちゃうんだ!  そう思って、当時のぼくは、ずいぶんドキドキしたものだ。  ◆◆◆◆◆  それ以来、奈々子さんとは年に数回ある同人誌即売会の会場で、  お互いのブースで会ったりすると、新刊を買い合ったり、少しずつ言葉を交わすようになる。  1年ほど経つと、割と仲良くなってきて、  即売会が終わった後の『集団打ち上げ』へ、一緒に参加するまでになった。  そこでぼくは、奈々子さんの年齢を知る。  奈々子さんは、ぼくより3つ年上。現在28才。  一緒に話すようになって、奈々子さんのことが少しずつ知れる。  正直に言って、この頃からぼくは、奈々子さんのことが好きになりかけていた。  奈々子さんは可愛い。  女の子らしいフリルのついた服装も、クラクラするほどよく似合う。  でも、それだけじゃない。  奈々子さんは、みんなの盛り上げ役で、  普段から話しているときも、飲み会でワイワイ騒いでいるときでも、  わざと変な話し方をして、躊躇なく自虐ネタを振りまいては、周囲の笑いを誘う。  あんなに可愛いのに、  サービス精神が、これでもかって程にすごい女性(ひと)。  ほんとうに尊敬する。  飲み会の席で、  ぼくが『双眸の龍牙』の作者である、星野淳介先生の直筆サイン会があるという話をすると、  奈々子さんはヤーヤーと乗り気になって、2人で盛り上がって、なんと一緒に行くことになった。  まさか、  奈々子さんと、デートをすることができる日が来るとは!!!  ◆◆◆◆◆  そうしてぼくは、  星野先生のサイン会なんてそっちのけで、奈々子さんのことばっかりを見ていた。  奈々子さんとデート。  もう、こんなチャンスは2度とないかもしれない。  そう思ったぼくは、  サイン会の帰り道で、思い切って奈々子さんに告白した。  奈々子さんは最初、驚いた様子だった。  でもそのあと、ぼくに気を遣ってか、にこりと笑顔を作る。 「ありがとう、初志くん。その気持ち嬉しい。でもごめんね」  ・・・やっぱり、ダメだった。  理由を聞くと、ぼくは奈々子さんの『好み』とは、ちょっと違うタイプなのだそうだ。  奈々子さんの『好み』って、どんなのだろう?  そうしてぼくたちは、  『これからも友達として仲良くしよう』と誓い合って、お互いの帰路についた。  ぼくの、  ひとつの青春が、終わった日でもあった。  ◆◆◆◆◆  その後、同人誌即売会で奈々子さんのサークルの人たちと話す機会があり、思いがけず奈々子さんの『好み』というものを知ることになる。  奈々子さんの『面食い』は超有名で、  K-POPグループの『SHAVER』くらいの顔面偏差値でないと、受け付けないそうなのだ。  『SHAVER』くらいの顔面偏差値・・・  それは、  そんな美顔イケメンを求められたら、到底ぼくにチャンスが巡ってくる筈などなかった。  しかしそれを機に、ぼくは目が覚めた気もした。  奈々子さんの理想に少しでも近づくため、ぼくは近所の1000円カットじゃなくて、美容室へ通うようになり、  着る服もシマムラの特売ではなく、GUでマネキンが着ている服を、買うようになった。  『SHAVER』のイケメンたちは、綺麗にお化粧して美顔を保っている。  さすがにぼくが化粧にまで手を伸ばすのは気後れしたので、せめて化粧水を使って、お肌の手入れだけした。すると、みるみるうちに肌ツヤが良くなってきて、これが病みつきになる。  あれから奈々子さんは、同人誌即売会で会っても、約束どおり気軽に声をかけてくれた。  『これからも友達として仲良くしよう』  ぼくも、胸に残る恋心は封印して、その約束を実践した。  ある日、奈々子さんがぼくに「最近、初志くんは雰囲気変わったね。オシャレになったよね」と言ってくれた。  嬉しかった。  それなりにしたぼくの努力が、報われた瞬間だった。   ◆◆◆◆◆  そうして数ヶ月、ぼくたちの間には何の進展もないまま、お互いそれぞれの日常を過ごしていた。  でもそんなある土曜日の夕方、  突然に、ぼくのスマホが鳴る。 「もしもし、初志くん?お台場のガンダム見に来てるんだけど、よかったら今から来れる?」  突如たる奈々子さんからのお誘い。  訳も分からなかったが、せっかくの奈々子さんからの呼び出しだ。応えない理由がない。  ぼくは取るものもとりあえず、お台場へと走った。  ◆◆◆◆◆  お台場に着くと、巨大な等身大ガンダムの前で、1人佇む奈々子さんがいた。  いつものオシャレな、リボン付きの可愛い洋服。  ぼくの到着に気付くと、奈々子さんは振り向いて、にっこりとぼくに笑いかけてくれた。  ぼくが奈々子さんと並んで歩き始めると、いきなり「最近のガンダムは、ガンダムとして認めるか、そうじゃないか?」という議論をぼくにぶつけてきた。  最近のガンダムには、ぼくもそれなりに思うところがあったので、トークが白熱する。  そのまま夕飯を食べに、飲み屋さんへ入っても、ぼくと奈々子さんの熱い議論は続いた。  奈々子さんは日本酒まで手をつけ始め、  ベロベロになってまで『東欧の貴公子』と一部の間で名高いカイザー・ラインハルト侯の推しポイントを、ぼくに力説してくれた。  深夜の12時を回っても、奈々子さんはヒレ酒を離さず、まだ飲み続けるのだと言う。  そろそろ、終電もなくなる。  ぼくは帰宅を促すのだが、酩酊状態の奈々子さんは遂には寝てしまい、  仕方なくぼくは、そんな奈々子さんをタクシーに乗せて、ぼくのアパートに連れて来るしか手立てがなかった。  ◆◆◆◆◆  ぼくは、タクシーから奈々子さんを下ろし、  ほとんど意識のない奈々子さんを、部屋のベッドへと連れて行き、横たえさせる。  ぼくのベッドで眠る奈々子さん。  スカートから覗く白い足から、目が離せない。  今ならスカートをめくったって、絶対に気づかれないはずだ。  大好きな人が。  ぼくのベットに寝そべっていて、  その寝顔が、いつになく可愛らしい。  すやすやと寝息を立てる、  つややかな紅い唇。  乱れた胸元、そしてスカート。  ゴクリ・・・  ぼくは、そんな無防備な奈々子さんに誘われ、そっと近づいた。
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