第5話 グリーン ネットワーキング

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「ただいまぁ」  私はだいたい、いつも夜21時くらいに帰宅する。  定時で会社から帰れることなんて、まずない。  就職した会社がたまたま実家から通える範囲だったので、この年になっても私は実家暮らしだ。  ひとり暮らしに憧れは持っていたものの、お金だけは間違いなく浪費する生活に躊躇しているうち、特段ひとり暮らしを必要とする明確な理由もなく(できず、と言った方が正確か。同棲でもできたらなぁ・・・)、ずるずるとこの年まで実家暮らしを続けて来てしまった。  家に帰ると、私の日課はベランダに置いた植物たちを部屋に取り込むことだ。  ミニサイズの鉢に入った多肉植物のセダム、雪だるまのように棘がつくサボテン(アイロステラという種)、黒松のミニ盆栽は、土の状態だけチェックしてベランダへ置きっぱなしにする。 「今日は、セダムにお水あげようかなぁ・・・」  水さしをセダムの鉢植えにあて、ゆっくりと注ぐ。  あぁ、落ち着く。  夜中に植物たちと対話し、お世話することが、今の私の唯一の癒しだ。  いつも何らかのトラブルを押し付けられ、気の抜けない、張り詰めた仕事から帰って、  その一日の疲れが、なんとなく和らぐ。心の救いにも似た。  私は、自慢じゃないが会社では、  同期の中で最初にエリアリーダーを仰せつかり、部下が3人いる。(20代の社員が2人と、年上のパートさんが1人)  私は、それなりに会社から認められていることを感じるし、  私の担当するエリアが、会社を動かしているという自負もある。  さっきはちょっと愚痴っぽいことを言ったが、やりがいがあって、実を言うと仕事は楽しい。  といっても全てが順風満帆な訳ではなく、陰口を叩かれたり、妬まれたり、イヤな上司には圧力をかけられたりもする。  それでも私は、私の仕事と、部下には誇りを持っている。  そうやって私は、会社に入ってからガムシャラにやってきた。  気がついたら、今こうなっているというだけだ。  だから、今まで『彼氏』ができなかったのかもしれない。  仕事を隠れミノにして、彼氏作りから目を逸らしていただけなのかも・・・  20代の頃は、まだ甘く考えていた。  仕事が大事。  辛いことも多かったけど、やればやっただけ、見返りとして返ってくる。  だから今、男作りにがっつかなくても、いつか自然と出会えるんじゃないか、と。そんな風に思っていた。  でも、そんな『出会い』はやって来なかった。  こちらから迎えに行かねば、来るものも来ないのだ。  今思うと、無為に過ごした20代の期間が、もったいなく、恨めしく思う。  最後に彼氏がいたのは、いつのことだろう?  そんなことも、指折り数えなければ分からないようになってしまった。  ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ・・・  思い起こせば8年前。  もう、そんな昔かぁ!  それは私が、24才で大学院を卒業して、今の会社に入社した(入った)頃。  世間知らずな私は、  会社の先輩や同僚に誘われ、合コンを繰り返していた。  そこにスゴイ素敵な男性(ひと)がいて、  誘われるままに連絡先を交換し、  その後に、2人で会ったりもした。  そのとき私は、初めての彼氏にドキドキして、  彼と会う度にワクワクして、  求められて、嬉しくて、  これが幸せなのだと思った。  ところが次第に、彼の熱量が下がっていく。  彼からの連絡の頻度が減って、  私は心配になって、  不安になって、  彼への連絡を試みる。  何度も、何度も、繰り返し連絡を取る。  ところがそれが、彼をますます不機嫌にさせ、  不審に思った私は、夜中にコッソリ目を覚まし、彼が寝ている隙を見て、彼のスマホを開けた。  パンドラの箱だった。  私以外にも、何人もの女性と関係を持っていた。  それも1人や2人ではない。  たぶん、同時進行なのだろう。  もう、数えるのもイヤになる。  履歴を追うたびに吐き気がした。  それに傷ついた私は、  それ以来、彼とはお別れした。  それをきっかけとして私は、もう2度と『人のスマホは見ない』と誓いを立てる。  だって、  見たっていいことなんて1つも書いてない。  その代わり、自分が傷つくことばかりが、たくさん詰まっているのだ。  私はその男性(ひと)のことを『彼』と言ったが、  今思うと、あの人は『彼氏』ですら、なかったのかもしれない。  あの当時は認めたくなかったが、  もしかすると私は、彼にとっては『彼女』なんかじゃなく、ただいいように遊ばれただけの女だったのかもしれない。  でもそんなこと人には言えないので、今でも友達には『ひどい元カレだった』ということにしているが。  とにかく、あれはショックだった。  そういうことがあったから、  それ以来私は、男の人に対し、とにかく慎重になってしまった。
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