第5話 グリーン ネットワーキング

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 私は24才のとき、男の人のことで痛い目にあったことがある。  それが原因で私は男の人に対し、とにかく慎重になってしまった。  元々、慎重な私の性格。  それが意識的に慎重になったのだから、  今考えると、男性にとっては取りつく島もなかったのだろう。  数えるとあれから8年間、男とは縁のない生活を送っている。  もう、恋の仕方なんて忘れてしまった。  男の人の胸のぬくもりも、きつい抱擁も、どんなのだったか思い出せない。  ・・・  ・・・・・  そうして気がつくと、30も超え、  そこへ来ての、友達の結婚ラッシュ。  現実に、ハタと帰る。  私は、婚活に向け焦った。  とにかく、彼氏を作らないと。  奈々子だって、子育てで忙しいところ、無駄に協力してくれる。  私は、今、決意しなければ。  今、決意しなければ、もう一生ないかもしれない。32という年齢を考慮すると。  作るのだ、彼氏を。  私だって、人並みに結婚したい。  そうして私は、思いつく限りの『彼氏作り』の扉を叩いた。  ◆◆◆◆◆  私は『彼氏作り』のため、まず実家から出ることにした。  『実家暮らし』と『ひとり暮らし』で、どのくらい彼氏のできやすさに相関があるのか、  そう言ったデータや根拠がある訳ではなかったが、  とにかく私の『彼氏作り』は、やれることをやる。これが今回のポイントだ。  生まれてこのかた、ずっとお世話になった実家を出る。それは理屈抜きで寂しい。  ほんとうに『ひとり暮らし』は必要なのか?と、何度も疑問に思った。  もう32才だし『今さら』という気もするし、お金だって結構かかる。  でも『ひとり暮らし』だったら、酔っ払って終電を逃してしまったとき、  不測の事態が起こったとき、  いざとなったら気になった男性を、私の家までおびき寄せることも可能だ。  (そんな可能性は、どれくらいの確率で起こるのか、正直いって不明だが)  少し、隙を見せるのだ。  隙を作るのだ。意図的にでも。  それがこの8年間、私の犯してきた致命的なミスだったから。  ◆◆◆◆◆  そして私は『彼氏を作る方法』を調べまくる。  出会いと言えば、どう考えてもマッチングアプリだろう。  私は、女性無料のマッチングアプリを選んで2つインストールする。  ・・・  ・・・・・  すると、  どうしたものだろう。  登録した途端、たくさんの男性から『いいね』が届いた。  それも、みなイケメンばかり。 --えっ?  って、ちょっと驚く。  今までの人生でこれほどに、多くの男性から声をかけられたことはない。  最初は『ありがとう』を返信する勇気が持てなくて、  慎重な私は、しばらく様子を見る。  それでも毎日毎日『いいね』が届き、これは気分が上がる。  何故だか知らないが、モテモテだぞ、私。  男の人から言い寄られて(しかもイケメン)、嬉しくない訳がない。  黙って見ているだけでは進展も何もないので、  『いいね』をくれたイケメンの中から、誠実そうな人を選んで『ありがとう』を押す。  すると即レスでメッセージが来た。  メッセージの内容も、爽やかで好印象。  うそっ!  こんなすぐに、進展しちゃうなんて。  私はビビりながら、彼にメッセージを返す。  世の中、マッチングアプリが隆盛なことに納得する。  8年間、彼氏がいなかった三十路女が、ものの数日で出会いがある。  それからというもの、来る日も来る日も、  毎日毎日、たくさんの『いいね』が、私の元に届いた。  たくさん来るので、選びたい放題だ。  その中から誠実そうで、なおかつ年収の高い男性に『ありがとう』を押す。  すると即レスで、彼からのメッセージが届く。  これは、気分が上がる!  モテている!私!!  そんなこんなで、私は4人のイケメン男性と同時にメッセージのやり取りを続けていた。  もう人生で、こんなにモテたことがない。  本当に、どうしちゃったんだろう?  ヤバイ。  はまってしまい、抜け出せなくなりそうだ。  気分良すぎる(笑)  そうして1週間が経った頃だろうか、  最初にマッチングした誠実そうな男性から、DM(ダイレクトメール)で「今度、会いませんか?」と誘ってきた。 --来たっ!  これは、運命の分かれ道だ。  見ず知らずの男性と、初めて会うのはちょっと怖い。  どんな人なのか?  でも、ここで会わなければ、2人の関係が進展することはない。  そう思って、冷静になって1晩考えてみることにする。  ・・・  ・・・・・  やっぱり、会おう。  そうしなければ『彼氏作り』を決意した意味がない。  私はスマホを取り出し、マッチングアプリを開く。  すると、  タイミングがいいことに高収入の男性と、やり取りしている中で一番のイケメン男性から、DMが届いていた。  そのメッセージに目を通すと、  2人とも「よかったら、今度〇〇のお店に行ってみませんか?」というお誘いだった。 --あれ?  タイミング良すぎるこれらのお誘いに  私は一瞬、躊躇する。  何に躊躇したのかと言うと・・・ --おかしい   私が、こんなにモテるなんて  そう思い、最初に誘ってくれた誠実男性と、次に誘ってくれた高収入男性、そして最後に誘ってくれたイケメン男性、  3人のプロフィール写真を、まじまじと見比べる。  どの男性も、素敵すぎる。  こっちからお願いしてでも、おつき合いしたい男性だ。  いや、しかし・・・  8年間彼氏がいなかった、32女にしては、話がうまく出来すぎている。 --おかしい・・・  私は、急に冷静になって頭を巡らせた。  素敵なイケメン男性に誘われて、  浮かれてついて行って、それで私はどうなったか?  思い起こされる、8年前の記憶。  最初は、楽しかった。  ウキウキと浮かれ、その人のことを思うとドキドキした。  でもそれは うたかた。  結局は弄ばれていただけで、  用が済んだら、お払い箱。  くやしくて、苦しくて、泣き濡れる毎日。  それは、  24才の小娘だったから、まだ笑って許される、若さゆえの過ち。  同じ間違いを、32才にもなって繰り返すのか?  3人のイケメン男性から、同時にお誘い。  これは、どういう意味か?  私に、それだけの価値を見出してくれたのか?  こんな色気もない、ただ理屈っぽいだけの女に。 --けっ!  この世界は、何かがおかしい。  何かの価値観が狂っている。  私は、私のこの『勘』を大事にしている。  この『勘』があるからこそ、私は同期の誰よりもいち早くリスクを察知することができ、  それに応じたリスクヘッジの対策へと動けるのだ。  そうすることで私は、会社での信頼を勝ち得てきた。  その私の『勘』からすると・・・  私には、マッチングアプリはリスクが高いような気がしてならない。  私の好みは、実を言うと、  イケメンでなくてもいいから、誠実な男性なのだ。  心許せる、温かな人なのだ。  今さら、ジェットコースターに乗っているような、  行き先の分からない、燃えるような恋は(しょう)に合わない。  バリバリと突き抜けて、それでポーンと放り出されてしまうのは、ホント言うと怖い。  マッチングアプリにも誠実な人は、生息していることは、生息しているのだろう。  でも初見でそれを見抜くのは、こうして考えてみると、私には敷居が高い。  もっと誠実な男性が多くて、私の(しょう)に合っている場所は、他にも色々ある気がする。  そう思い、  そっと私は、マッチングアプリをアンインストールした。  私はスマホを机に置いて、窓から外の様子を伺う。  この世界には、どのくらいの男の人がいるのか。(一説には『35億』とも噂されるが)  やるぞ。やるのだ。  もっと私の(しょう)に合った『次の出会い』へと、私は狙いを定めた。
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