第5話 グリーン ネットワーキング

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 それからの私は、マッチングアプリ以外の出会いの方策を模索する。  職場恋愛。  ・・・いや、今さら職場でどうこうできる男性もいない。  せっかく会社で上手く行ってるのだ。その輪を乱したくない、という思いもある。  友達の紹介。  奈々子に紹介してもらったけど、うまくいかなかったしなぁ。  これ以上は、奈々子にも悪いし・・・  居酒屋や行きつけのバーなど。  みんなで飲み会ならいいけど、1人で飲みに行く?  私が?! 1人で???  ・・・いや、よっぽどの酒好きならいいんでしょうけど、  個人的にチョット、ひとり飲みは無理があります(汗)  では合コン、街コン。  合コンも、友達は全員既婚者だしなぁ。  街コンも、行った感じ発展性薄いし・・・  でなければ趣味の活動、サークルなど。  私の趣味って、何だろう?  あ、仕事か。  などと、色々考えた結論として、  私の(しょう)に合って、誠実な男性が多そうな出会いの場は『趣味の活動、サークルなど』が有望なのかもしれない。  そう気付く。  さっき『趣味は仕事』と言ったが、  職場恋愛は対象外なので、  そうでないとするならば、趣味と言ったらそれは、強いて挙げると『インドア園芸』か。  私は今、5種類の植物を育てている。  ① 多肉植物の『セダム』  ② 『アイロステラ』という種のサボテン  ③ 『黒松』のミニ盆栽  ④ 『セントポーリア』というお花。そして、  ⑤ 瓶入りの『苔』(苔テラリウムという)だ。  どれもミニサイズで、手のひらに乗るようなものばかり。  毎朝、家を出るときにセダムとサボテンをベランダに出し、日光浴させる。  黒松は、外で育てるのが良いのでずっとベランダだ。  セントポーリアと苔テラリウム、こちらはずっと室内。  そうして帰宅すると、セダムとサボテンはベランダから取り込んで、今日1日のことを思い出しながら彼らをお手入れするのだ。  それぞれの植物に、小さな変化が見られると写真を撮ってSNSにアップする。  そんなことを私は繰り返している。  だから私は差し当たって、趣味のサークルとして『園芸サークル』を調べてみることにした。  いや待て。  『園芸サークル』って、若い男いるのか?  イヤイヤ。  今はそんな選り好みをしているバヤイではない。  ・・・そう思って、ネットで『園芸サークル』を片っ端から当たってみるものの、  出てくるのは麦わら帽子姿で、ジャージを履いて、シャベルとジョウロを持って花壇に植え込みを行う『園芸サークル』ばかり。  肉体労働派だ。  私のイメージしている、手のひらサイズの『インドア園芸』が好きで集まる集団は、なかなか出て来ない。 --早速、壁にぶち当たってしまった!  ちょうどいいサークルが、全然みつからない。  これは、むしろ『新しい趣味を始めなさい』という、神様からの啓示では?  うーん。行動力のない私に『新しい趣味』とは、一番ニガテな試練じゃ。  なかなか上手くいかないものだと観念し、今日もベランダからセダムとサボテンをせっせと取り込む。  ひとり暮らしになったことで、ベランダの日当たりが劇的に改善したのだ。  というか、部屋探しをする上で、植物のためを思い『日当たりのいい物件』に狙いを絞ったんだけどね。  ガラガラと、ベランダの窓を開けると、  昨日まで(つぼみ)だったサボテンに、真っ赤な花が咲いていた。 「うわっ!もう咲いている!」  誰もいない部屋で、思わず声を上げてしまうくらい、私にとってそれは驚きだった。  なにしろ、サボテンを買ってから今まで、一度も花をつけたことがなかったのだ。  それがひとり暮らしを始めたことで、急に日当たりが良くなったためか、思いがけない私へのご褒美。  興奮した私は、バチバチと写真を撮りまくる。  そして一番出来の良い写真をSNSにアップする。喜びの声と共に(笑) --メッチャ嬉しい~!  この喜びを、誰かと共有したかった。  でもそんな男は、私にはいない。  高校の友達だって『インドア園芸』になんて、興味はないのだ。  だから、見ず知らずの他人でもいい。『イイネ』と言ってくれれば。  しばらく私は、自分でアップしたサボテンの赤い花に見惚れていた。  苦節4年。  人さまのSNSを見ると、みんないとも簡単にサボテンの花を咲かせているのだ。  私も、やっとその仲間入りができた。  ほんの小さいことだが、  それが、  私にとってものすごく大事なことだった。  ポコン  そうして、よく撮れた写真にうっとりしているさなか、SNSにリプライが来る。 《やっと、花がついたんですね。とっても綺麗。ひまわりさん、おめでとうございます!》  フォロワーの、葵さんからだった。 --分かってくれるのは、葵さんだけだよぉ~!!  ちなみにこの『ひまわりさん』というのは、SNS上の私のハンドルネーム。『緋真理』だから『ひまわり』、単純だけどね。  タイミングのよいリプライに、私は嬉しさを抑えきれず、思わずリプライを返す。 《苦節4年。やっと咲かせることができました!これも引っ越した恩恵ですかねっ!》  葵さんは『インドア園芸』に関しては、私よりずっと先輩だった。  思い返せば4年前、私が28才のとき、  初めてセダムを買って、どうやって育てたらいいのか迷っていたときのこと、  私は、この葵さんのアカウントをみつけて、見よう見まねで育てた。  サボテンが枯れそうになったときは、その写真UPしたら、葵さんが回復までのアドバイスをしてくれた。  とっても丁寧に教えてくれて、すごく頼りになるお姉さまだ。  その頃の私は、セダムやサボテン、セントポーリアなどのミニサイズの鉢植えばかり育てていたのだが、  葵さんが楽しそうに、ミニ盆栽や苔テラリウムの写真をアップしていたので、思わず私も買って、育てようと思ったのだ。  それくらい私にとって、葵さんは大事な人。何でも相談できる、インドア園芸仲間。 「葵さーん、ありがとねー」  私のサボテンの花に共感してくれた葵さんに感謝しつつ、葵さんのページを開く。  葵さんが上げていた今日の写真は、東京都千駄川区で開かれる『インドアプランツ コンテスト』のチラシ。  石鉢市場という普段は植物の市場が、この日だけ一般公開して展示即売する催しらしい。  京都に住む葵さんは、今度の土曜日に日帰りで東京に遊びに来て、この『インドアプランツ コンテスト』を見て、いいものがあれば買うとのことだった。 「東京の千駄川区かぁ・・・」  千駄川区というと、奈々子が結婚する前まで住んでいた土地だ。  私も何度か遊びに行ったことがあるので、千駄川区の地理に関しては、それなりに明るかった。 「葵さん、千駄川区は大丈夫かなぁ?」  そんな不要な心配をして、私は葵さんにSNSのDMを打つ。 『葵さん、こんばんは!突然ですがひまわりです。いつもありがとうございます!ところでインドアプランツコンテストへいらっしゃるとのこと。千駄川区ってけっこう交通が入り組んでいるんですけど、大丈夫でしょうか?もし不安があるようでしたら、いつものお礼に私がお手伝いしてもいいと思いご連絡しました。何かあれば、遠慮なく言ってくださいね』  と色々理由をつけたが、  正直言って私が、葵さんに会いたかった。  今日も私のサボテンの花に、リプライをくれた。  こんなに気の合う人はいない。  京都に住んでいる葵さん。  そんな葵さんと会うチャンスなんて、この日を逃したらもう来ないかもしれない。  しばらくして葵さんからDMが返ってきたが、  それは『なんとかなりそうなので、お手を煩わせるなんて気が引けます』というもの。  いつもの、なんとも奥ゆかしい葵さんだ。  でも私の方が、葵さんに会いたいのだ。  葵さんがイヤそうじゃなければ、ぜひ実行したい。  そうして私たちは、しばらくDMをやり取りして、  私が押し切って、  遂には来週の土曜日、9:00に東王田線の石鉢駅で待ち合わせをすることと、相成った。  待ち合わせをするにあたりSNSのDMでは何なので、私たちはトークアプリの連絡先を交換した。  トークアプリの連絡先を見ると、葵さんの名前は『矢坂(やさか) (あおい)』とのこと。『葵さん』とは本名だったようだ。  私も改めて名前を連絡した。武市(たけいち) 緋真理(ひまり)。32才、独身。  こうして私は、来週の土曜日に葵さんと会えることを、  来る日も来る日も、楽しみに待ちわびた。
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