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私、和泉 夢佳は、彼氏の一ノ瀬 快くんと一緒に、浅草寺へ初詣に来ていた。
今年は『特別な年』になる予定なので、由緒ある寺社へ参拝することにしたのだ。
何が『特別な年』なのかと言うと、
今年、快くんの上司である田上さんが、齢六十を迎えて定年になるのだという。
快くんは、東京の東王田線、国府駅前にある『国府紫暮商店街』で振興組合のバイトをしている。
商店街の振興組合とは、加盟する店舗から会費をもらって運営している団体のことで、商店街を活性化するためのイベントの企画や、ホームページの製作・更新などの仕事などをしている。
そこで快くんは、15才のときから6年間、事務局である田上さんの下でバイトとして働いてきた。
そして今、田上さんが定年を迎え、職を離れる。
そうすると、振興組合の事務局の『後釜』は、誰にするのかという話になってくる。
『誰?』って、それは、
それはもう、『後釜』は快くんでしょう!
快くんは中学を卒業して15才のときから振興組合で働き、誰よりも『国府紫暮商店街』のことを理解している。
実際に振興組合の会長さんからは、快くんに『次の事務局の打診』が来ているという。
快くん。会長さんと仲良くしてもらっていて、よかったね。
これも快くんの『人徳』ってやつだよ?
もし快くんが次の事務局になったら、それはどういうことか、というと、
快くんは『アルバイト』という不安定な立場ではなく、『定職』を得るということ。
それは、今年29才を迎える私にとって、感慨深いことだった。
もし快くんが定職を得たら・・・もしかしたら、ということだってあり得る。
私だって、30才を迎える前には結婚したい。そしてそれは、できれば相手は快くんであればなお良い。
というか私は、快くんがいい!
快くんと結婚したい!
・・・いかん、いかん。
三十路を目前にして、変な妄想を突き抜けてしまった(汗)
という訳で今年、快くんが振興組合の事務局になれるのかどうか、
また、事務局になれたとして、その後の仕事がうまく進むのか、
浅草寺のおみくじを引いて『神仏の意思』を伺おうということになり、私たちは浅草へ初詣へ来た。
快くんと私は、東王田線に乗って新宿まで出て、都営新宿線と浅草線を乗り継いで浅草駅まで来た。
駅を出ると、初詣と言うだけあって浅草の歩道は参拝客や観光客で満載だ。
私たちは人混みに揉まれてはぐれないように、手をつないで雷門へと向かった。
人の何倍もの大きさのある大提灯がぶら下がる雷門をくぐる。
今まで以上に混雑した仲見世通りで、みやげ屋をひやかす。
仲見世通りを抜けた先の五重塔を見て、2人顔を見合わせて一息つく。
そうして大行列の末に浅草寺へ賽銭を投げて参拝を済ませ、いよいよ本日のメインイベント『神仏の意思』を伺うために、私たちはおみくじ所へ向かった。
◆◆◆◆◆
「あった!ホラ、快くん。私たちもやってみようよ」
浅草寺のおみくじ所では、多くの参拝客が銀色の筒を振り、みくじ棒を出しておみくじを引いていた。
冬の寒さなどなんのその。
私はやっとおみくじが引ける嬉しさにテンションが上がり、快くんを差し置いておみくじ所へ駈け出していた。
おみくじの初穂料は100円。意外と良心的価格設定だ。
私は、後からついてくる快くんの方を振り返った。
快くんは、相変わらず落ち着いた様子で、ポケットに手を突っ込んでついてきた。
21才という若さに反し、彼の行動パターンは落ち着いており、一歩間違えばその辺のオジサンみたいだ。
・・・あ、そうだ。
今日の主役は、快くんではなかったか?
快くんが振興組合の事務局になるのかどうか、おみくじを引きに来たのだ。
私がテンション上がって、どうする。
「はい。快くんから、おみくじを引いて」
私は少しお姉さんらしい雰囲気で、おしとやかに銀色の筒を快くんに差し出した。
「いいよ。夢佳ネェからやりなよ」
ちなみに、快くんが私のことを『夢佳ネェ』と呼ぶのは、快くんと私の出会いに由来する。
私は高校2年生のときにケーキ屋さんでアルバイトをしていた。そんな頃、商店街でお手伝いをしていた10才の快くんと、初めて出会った。
そのときから快くんは、私のことを『夢佳ネェ』と呼んでいた。
当時から私は、快くんのことが気になって、好きになりかけていたのだが、
5年前ふとしたことで再会し、私たちはこうしてお付き合いをする運びとなった。
しかしお互いの呼び名は、いまだに『夢佳ネェ』と『快くん』のままなのだ。
「だって、今日は快くんの将来を占うために、おみくじを引きに来たんでしょう?」
私はお姉さんぶって、快くんを立てる。
銀色の筒を快くんに押し付けた。
「いいよ。夢佳ネェ、やりたいんだろ?」
快くんが、銀色の筒を私に返す。
「そんなことないよ」
「だって、『おみくじやりたい』って、夢佳ネェの顔に、書いてあるよ?」
え?
あ、バレてた?
実はおみくじを見て、テンション上がって、すごくやりたかったんだ。
「もう。快くんがそこまで言うなら、私がやらせてもらいます」
そう言って、私は銀色の筒をガラガラ振り、先端の小さな穴からみくじ棒を出した。
「あ、出た」
みくじ棒の先には『二十三』という数字が書かれていた。
そうして私は、おみくじ所の引き出しの中から二十三番を開け、中に入っていたおみくじを1枚取り出した。
「何て書いてあった?」
快くんが、私のおみくじを覗き込もうとする。
「待ってよ。私だってまだ見てないんだから・・・」
私はドキドキしながら、おみくじの文面に目を走らせる。
すると、そこには、
『大吉』
の文字が。
「あ!大吉だ!」
思わず、快くんと目を合わす。
うれしいことは、彼氏と共有したい。
「すごいじゃん」
快くんも、優しげな瞳で喜んでくれている。
新年早々『大吉』とは、これまた幸先がいい。
もしかすると今年は、幸せが舞い込んでくれるのかも?
そう思い密かに、私は快くんの横顔を見つめる。
私の愛しい人。
幸せを運んでくれるのであれば、この人に運んできてもらいたい。
そう思うと、心がワクワクした。
そんなささやかなワクワク気分をくれた、浅草寺のおみくじに私は感謝した。
「じゃあ今度は、快くんがおみくじ引く番だよ」
新年早々の嬉しさを胸の内に押し込め、私はお姉さんらしく平静を装って、快くんの肩に手を置く。
肩に手を置かれた快くんは、私を見た。
そうして『大吉』とある私のおみくじを見て、つぶやいた。
「いや、オレはいいかな」
ん?おみくじを引かないの?
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