第5話 グリーン ネットワーキング

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「げっ、始発じゃん!」  土曜日の8:50、東王田線の石鉢駅の改札で、私は葵さんを待っていた。  待っている間の暇つぶしに、京都からこの石鉢駅までの乗り継ぎルートを検索したところ、6:14の京都発の新幹線、それが始発で、やっとこさ8:55にここへ着くというルートだった。  何の気なしに9:00を待ち合わせ時間にしてしまったが、  それは葵さんに負担をかけてしまったと、少し気に病む。もう1時間、遅くすればよかった。  そろそろ9:00になるので、私は辺りを見渡して葵さんの姿を探す。  しかし、  それっぽい女の人は、まだいない。  もしかして、乗り継ぎで迷っているのかも。  東京の電車の乗り継ぎは複雑だから、やっぱり品川駅まで迎えに行った方が良かったか。  そんな風に考えていると、  知らない男の人が声をかけてきた。 「あの、すいません。ひまわりさんですか?」 --うわぁー、ナンパだ!   こんな朝っぱらから、ナンパなんて。   やばっ、こっちは葵さんと待ち合わせているんだから、速攻で断らなきゃ!  と、ドギマギしていると、  フと、違和感に気付く。  ん?『ひまわりさんですか?』と言った?この男性(ひと)。 「えっ?」  私は、声をかけてきた男性を見上げる。  その男性は、背が高くがっちりめの体型をした、柔和な顔をした男の人だった。  年恰好は、おおよそ30代中頃。  この人が、朝9:00の石鉢駅で『ひまわりさんですか?』と言ったとすると・・・ 「あのっ、もしかして『葵さん』ですか?」  すると、この男性がにっこりと微笑んだ。 「よかった。なんとか9時に間に合ったみたいですね」 「え、えぇぇー?!」 「どうしたんですか?」 「あ、あ、葵さんって、男の人だったんですか?」 「え?それが、何か?」 「てっきり私、女の人かと思ってましたー!」  なんと、私が待ち合わせていた『葵さん』は、あろうことか『ネットおかま』だった!  ん?『ネットおかま』?  いやでも、よく考えたら葵さんが自分から「私は女性です」とは、言っていなかったような。  植物の趣味や、写真から見る整ったお部屋、コメントから受ける物腰の柔らかさから、  勝手に私が『きっと、女の人だろう』と決めつけていたのかもしれない。 「あ、どうも。初めまして、武市緋真理です」  とりあえず、頭を下げる。 「こちらこそ初めまして。矢坂 葵です」  葵さんも、ペコリと頭を下げる。 「葵さんって、最初から本名だったんですか?」 「そうです。ひまわりさんは、緋真理っていうお名前にちなんで『ひまわり』にしたんですね。そういうの、いいと思います」  葵さんが、にっこりと微笑んだ。  これは、  この落ち着いた対応。  この反応は、やっぱり葵さんだ。ホンモノの、葵さん。 「あ、あの、葵さん。早速ですが、行きましょうか。インドアプランツ コンテスト」 「はい。今日は、よろしくお願いします」 「こちらこそ、大したことはできないかもしれませんが、よろしくお願いします」  お互いに何度もお辞儀をし合って、  私は葵さんを、石鉢市場まで案内することにした。  ◆◆◆◆◆  石鉢市場まで行く道すがら、私と葵さんは、2人並んで歩道を歩く。  私は気になって、チラチラと葵さんの様子を伺う。  葵さん・・・  彼は、イケメンとは言えないまでも、顔はまぁフツメンだった。  年齢は、おそらく30代中頃だろう。後で確認しよう。  体格は大きめ、180cm近くあるのではないか?  服装はベージュのチノパンに、黒いカーディガン。シンプルだが、それなりに似合ってる。  アリか、ナシかで言うと、これはこれでアリだ。  そして葵さんの特徴、その柔らかい物腰。  気まずくならない程度に、ちょうどよく話題を振ってくれる。  踏み込んだ話題も聞いてこないし、自分のことばっかりを話す訳でもない。  そのことから、常識はしっかりしていることが分かる。  あ、それは失礼か。  相手は『葵さん』だ。  私が4年前から、ずっと知っているあの『葵さん』なのだから。  ◆◆◆◆◆ 「着きました」  私たちが石鉢市場に着くと、インドアプランツ コンテストの開場に並ぶ行列ができていた。  私たちは、その列の最後尾に並ぶ。  初めて会う男の人と一緒で緊張しているせいか、どんなことを話したらいいのか勝手が分からず、恥ずかしい思いがする。  時折りアチラから振ってくる、葵さんの話題が、私の唯一の救いだった。  そして9:30になりコンテスト会場の門が開き、私たちは石鉢市場に広がる数々の観葉植物を見て回る。  目の前に植物が出てくれば、話題には困らなかった。  見たこともない植物があれば「うわぁー」と驚き、  キュンとする可愛い鉢植えがあれば、素直に喜ぶ。  葵さんと一緒に市場を見て回ると、話が合うので自然と笑顔も増えていく。 「あはは」  そんな風に、葵さんが笑っていた。 「どうかしたんですか?」  そう、私が聞くと 「いえ『ひまわり』さんが、やっといつもの『ひまわり』さんらしく、なってきたと思って」  そんな風に、ほくそ笑むのだ。 「そうですか?いつもの『私』って、どんな感じですか?」 「どんな?」 「はい」 「今みたいな、そういう感じです」  そうして葵さんは、にっこりと微笑んだ。  そう言われて、気づく。  そう、  今さら葵さんに対して、自分を飾ったところで意味がない。  なにしろ  この4年間ずっと、この人には本音をぶちまけていた。  愚痴みたいな、SNSのリプライ欄で言っては(はばか)れるようなことも、DMで送っては憂さを晴らしたりもした。  私のダークな部分も、ズルい部分も、ぜんぶ・・・  それでも葵さんは、今  そんな私を毛嫌いせず、こうして笑ってくれている。  それが、ずっと私が抱いていた葵さんのイメージだったから。  いつもの葵さん。  そう思うと、今まで緊張していたのが馬鹿らしく思って  なんだか急に、気が楽になった。  ◆◆◆◆◆  そうして私たちのメインイベント、インドア植物の寄せ植えのコーナーに。  葵さんは、多数ある鉢植えを目の前にして 「うーん・・・」  と本気で悩んで、  結局、株元がでっぷりと可愛いアデニウムの購入を決めた。 8971f70d-2c96-45fc-8cd0-7d36dc867076 「ひまわりさんは?」  と聞いてくるので、  言われて見ればアデニウムのでっぷりとした幹は魅力的で 「私も、アデニウムが魅力的に思えてきた」  と答えたら、葵さんがアデニウムの鉢を1株、買ってくれた。 「いえ、そんな。お金払います」と申し出たが、 「今日、案内してくれたお礼だから」と言って、お金は受け取ってもらえなかった。  そんなこんなで、私たちの『インドアプランツ コンテスト』巡りは幕を閉じる。  さぁ、次はどうしよう。  お昼も近くなってきたので、何かこの辺りの名物でも食べようか。  何か、名物なんてあったっけ?  そんな風に、葵さんの隣で私は、頭を巡らせていた。
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