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「げっ、始発じゃん!」
土曜日の8:50、東王田線の石鉢駅の改札で、私は葵さんを待っていた。
待っている間の暇つぶしに、京都からこの石鉢駅までの乗り継ぎルートを検索したところ、6:14の京都発の新幹線、それが始発で、やっとこさ8:55にここへ着くというルートだった。
何の気なしに9:00を待ち合わせ時間にしてしまったが、
それは葵さんに負担をかけてしまったと、少し気に病む。もう1時間、遅くすればよかった。
そろそろ9:00になるので、私は辺りを見渡して葵さんの姿を探す。
しかし、
それっぽい女の人は、まだいない。
もしかして、乗り継ぎで迷っているのかも。
東京の電車の乗り継ぎは複雑だから、やっぱり品川駅まで迎えに行った方が良かったか。
そんな風に考えていると、
知らない男の人が声をかけてきた。
「あの、すいません。ひまわりさんですか?」
--うわぁー、ナンパだ!
こんな朝っぱらから、ナンパなんて。
やばっ、こっちは葵さんと待ち合わせているんだから、速攻で断らなきゃ!
と、ドギマギしていると、
フと、違和感に気付く。
ん?『ひまわりさんですか?』と言った?この男性。
「えっ?」
私は、声をかけてきた男性を見上げる。
その男性は、背が高くがっちりめの体型をした、柔和な顔をした男の人だった。
年恰好は、おおよそ30代中頃。
この人が、朝9:00の石鉢駅で『ひまわりさんですか?』と言ったとすると・・・
「あのっ、もしかして『葵さん』ですか?」
すると、この男性がにっこりと微笑んだ。
「よかった。なんとか9時に間に合ったみたいですね」
「え、えぇぇー?!」
「どうしたんですか?」
「あ、あ、葵さんって、男の人だったんですか?」
「え?それが、何か?」
「てっきり私、女の人かと思ってましたー!」
なんと、私が待ち合わせていた『葵さん』は、あろうことか『ネットおかま』だった!
ん?『ネットおかま』?
いやでも、よく考えたら葵さんが自分から「私は女性です」とは、言っていなかったような。
植物の趣味や、写真から見る整ったお部屋、コメントから受ける物腰の柔らかさから、
勝手に私が『きっと、女の人だろう』と決めつけていたのかもしれない。
「あ、どうも。初めまして、武市緋真理です」
とりあえず、頭を下げる。
「こちらこそ初めまして。矢坂 葵です」
葵さんも、ペコリと頭を下げる。
「葵さんって、最初から本名だったんですか?」
「そうです。ひまわりさんは、緋真理っていうお名前にちなんで『ひまわり』にしたんですね。そういうの、いいと思います」
葵さんが、にっこりと微笑んだ。
これは、
この落ち着いた対応。
この反応は、やっぱり葵さんだ。ホンモノの、葵さん。
「あ、あの、葵さん。早速ですが、行きましょうか。インドアプランツ コンテスト」
「はい。今日は、よろしくお願いします」
「こちらこそ、大したことはできないかもしれませんが、よろしくお願いします」
お互いに何度もお辞儀をし合って、
私は葵さんを、石鉢市場まで案内することにした。
◆◆◆◆◆
石鉢市場まで行く道すがら、私と葵さんは、2人並んで歩道を歩く。
私は気になって、チラチラと葵さんの様子を伺う。
葵さん・・・
彼は、イケメンとは言えないまでも、顔はまぁフツメンだった。
年齢は、おそらく30代中頃だろう。後で確認しよう。
体格は大きめ、180cm近くあるのではないか?
服装はベージュのチノパンに、黒いカーディガン。シンプルだが、それなりに似合ってる。
アリか、ナシかで言うと、これはこれでアリだ。
そして葵さんの特徴、その柔らかい物腰。
気まずくならない程度に、ちょうどよく話題を振ってくれる。
踏み込んだ話題も聞いてこないし、自分のことばっかりを話す訳でもない。
そのことから、常識はしっかりしていることが分かる。
あ、それは失礼か。
相手は『葵さん』だ。
私が4年前から、ずっと知っているあの『葵さん』なのだから。
◆◆◆◆◆
「着きました」
私たちが石鉢市場に着くと、インドアプランツ コンテストの開場に並ぶ行列ができていた。
私たちは、その列の最後尾に並ぶ。
初めて会う男の人と一緒で緊張しているせいか、どんなことを話したらいいのか勝手が分からず、恥ずかしい思いがする。
時折りアチラから振ってくる、葵さんの話題が、私の唯一の救いだった。
そして9:30になりコンテスト会場の門が開き、私たちは石鉢市場に広がる数々の観葉植物を見て回る。
目の前に植物が出てくれば、話題には困らなかった。
見たこともない植物があれば「うわぁー」と驚き、
キュンとする可愛い鉢植えがあれば、素直に喜ぶ。
葵さんと一緒に市場を見て回ると、話が合うので自然と笑顔も増えていく。
「あはは」
そんな風に、葵さんが笑っていた。
「どうかしたんですか?」
そう、私が聞くと
「いえ『ひまわり』さんが、やっといつもの『ひまわり』さんらしく、なってきたと思って」
そんな風に、ほくそ笑むのだ。
「そうですか?いつもの『私』って、どんな感じですか?」
「どんな?」
「はい」
「今みたいな、そういう感じです」
そうして葵さんは、にっこりと微笑んだ。
そう言われて、気づく。
そう、
今さら葵さんに対して、自分を飾ったところで意味がない。
なにしろ
この4年間ずっと、この人には本音をぶちまけていた。
愚痴みたいな、SNSのリプライ欄で言っては憚れるようなことも、DMで送っては憂さを晴らしたりもした。
私のダークな部分も、ズルい部分も、ぜんぶ・・・
それでも葵さんは、今
そんな私を毛嫌いせず、こうして笑ってくれている。
それが、ずっと私が抱いていた葵さんのイメージだったから。
いつもの葵さん。
そう思うと、今まで緊張していたのが馬鹿らしく思って
なんだか急に、気が楽になった。
◆◆◆◆◆
そうして私たちのメインイベント、インドア植物の寄せ植えのコーナーに。
葵さんは、多数ある鉢植えを目の前にして
「うーん・・・」
と本気で悩んで、
結局、株元がでっぷりと可愛いアデニウムの購入を決めた。
「ひまわりさんは?」
と聞いてくるので、
言われて見ればアデニウムのでっぷりとした幹は魅力的で
「私も、アデニウムが魅力的に思えてきた」
と答えたら、葵さんがアデニウムの鉢を1株、買ってくれた。
「いえ、そんな。お金払います」と申し出たが、
「今日、案内してくれたお礼だから」と言って、お金は受け取ってもらえなかった。
そんなこんなで、私たちの『インドアプランツ コンテスト』巡りは幕を閉じる。
さぁ、次はどうしよう。
お昼も近くなってきたので、何かこの辺りの名物でも食べようか。
何か、名物なんてあったっけ?
そんな風に、葵さんの隣で私は、頭を巡らせていた。
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