第5話 グリーン ネットワーキング

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 私たちは『インドアプランツ コンテスト』を見学し終わり、石鉢市場を出てお昼ご飯を食べることにした。  私が、千駄川区名物の『鶏そば』のお店を案内して、2人しておいしいおそばに舌鼓を打つ。  その隙を見て私は、軽くジャブを打ってみる。 「葵さんは、今日は奥さんに『何時に帰る』って言ってきたんですか?」 「え?」  『鶏そば』の麺をすくい上げる葵さんが、顔を上げた。 「いや『奥さん』は、いないけど・・・」 --そうか、葵さんは独身ね 「じゃあ、何時に帰る予定ですか?」  私の問いかけに、葵さんはポツリと漏らす。 「別に、帰りの新幹線を取っている訳じゃないから、何時とか決めてないんだけど」 「だったらこの後、東京観光でもします?さっきアデニウム買ってもらっちゃいましたから、その分ご案内しますよ」 「え?でも、それは『ひまわり』さんに悪いんじゃ?」  そう、葵さんは遠慮する。  やっぱり、奥ゆかしいところはいつもの『葵さん』だ。 「葵さんが『1人で回りたい』っていうんでしたら、遠慮しますけど」 「あぁ、いえ。そういうことじゃなくて・・・いんですか?お言葉に甘えちゃって」 「えぇ」  そう言って、私は葵さんに微笑みかけた。  ◆◆◆◆◆  葵さんのリクエストで、私たちは赤穂浪士の聖地でもある泉岳寺へと向かった。  泉岳寺となると、私は詳しくないので案内できなかったが、  葵さんの方が詳しくて、逆に私に色々と教えてくれた。  赤穂義士の墓、大石内蔵助の像、赤穂義士記念館などなど。  葵さんの実家は兵庫の赤穂だそうで、地元の歴史に興味があったみたい。  そういうとこ、真面目な人だと思った。  石鉢市場で買ってくれたアデニウムの鉢植えも「重いだろうから」と言って、葵さんが2つとも持ってくれている。  なんだか、優しい人だと思った。  そして私たちは、何だかんだ言って、荘厳な泉岳寺の境内を巡る。  歩いていて、気になったところがあったら立ち止まる。  そうして気づいたことを話して、相手の言い分に納得する。違うと思ったら、別の意見を言う。  私たちは、気が合う。  それは、4年間も思ったことをSNSでやり取りしているのだ。  気が合うことは、最初から分かっていた。 「あー。もう今日が、終わっちゃいますね」  泉岳寺を出て、駅まで帰る道すがら、私はそんなことをつぶやく。 「インドアプランツ コンテストも見れたし、ずっと行きたいと思っていた泉岳寺にも行けた。なんだか、今日は充実した日でした」  葵さんも満足そうだ。  よかった。私も、案内した甲斐がある。 「葵さんは、今日帰るんですよね」 「はい。明日はゴルフに誘われていて」 「え?ゴルフって、朝早いんじゃ?」 「いえ、大丈夫ですよ。今日中に帰れれば」 「・・・・・」  葵さんは、今日中に帰らなければならないという。  さっき検索したら18:30にこっちを出ると、京都に着くのが21:00過ぎになるようだ。  今日の朝、葵さんは6:14の始発に乗ってきた。  朝早くから来て、きっと疲れているだろう。早めに帰してあげなければ。  そんな風に考えながら、駅までの道を歩く。  ぼんやりと、1日のできごとを思い出す。  今日は、楽しかった。  フフフとひとり、ほくそ笑む。  石鉢駅で、まさか男の人だとは思わなかった葵さんの姿に、私は驚いた。  最初は緊張していたけど、石鉢市場の『インドアプランツ コンテスト』に入ると、植物を目の前にしたら緊張もほぐれた。  いつもの、SNSでの私たちの関係に戻れた。  久しぶりに食べた『鶏そば』も、おいしかった。  初めて行った泉岳寺も、専属のガイドさんが説明してくれて、面白かった。  なんて穏やかな、そして楽しい、1日だったのだろう。  そんなことを思い返しながら駅に近くなってくると、  歩道の脇あたりに、不自然な人だかりが出来ているのが見えた。 --あ、あれは!  私はピンとくる。  『歩道の脇』に『不自然な人だかり』  そして  煙ったい臭い。  それは『指定喫煙所』だった。  私たちは、群がる喫煙者の集団を避けるように、歩道を迂回する。  過ぎ去る瞬間、  私は見た。  葵さんの視線が、喫煙所に向いていることを。 --ん?あの視線は?  フと疑問に思う。  あ、そうか。 「葵さん!」  私は、葵さんを呼び止めた。  先に進む葵さんが、振り返る。 「どうしました?」 「葵さんは、煙草を吸われるんじゃありません?」 「え?」 「違いますか?」 「なんで、そう思うんですか?」 「だって、さっき喫煙所、見てたから」  2人して、さっき通り過ぎた喫煙所に視線を戻す。 「そうですね・・・『ひまわり』さんだから正直に言いますけど、煙草、吸いますよ。でも、今日はいいです」 「どうしてですか?」 「今日は、そういう気分じゃないんです」  だったらなんで、  さっき喫煙所を凝視していたの。  ねぇ、葵さん? 「私に気を遣わなくっていいですよ。逆に、気を遣って欲しくはありません」 「気を遣っている訳では、ないです」  ずいぶん、強情なんですね。 「じゃあ、失礼して・・・」  私は、踵を返して喫煙所の真ん中へと向かい、  ハンドバッグからタバコのケースを取り出し、その1本を口に咥えて、先端にライターで火をつけた。  フゥー・・・  口元から、紫煙が漏れる。 「あ・・・『ひまわり』さん?」  目を丸くした葵さんが、私の元まで来る。 「はい?」 「『ひまわり』さん、煙草、吸われるんですか?」 「ダメですねぇ。()められないんです」  フゥー・・・  私は、紫煙を吐く。 「じゃあ、僕も吸わせてもらおうかな」  そう言うと葵さんは、懐から電子タバコを取り出し、一気に煙を吐き出した。 「あぁ、うまい」 「なぜでしょうね?」  私も微笑む。 「なんでだろうね。こんな体に悪いものが」 「ダメですね」 「ダメだね」  そうして、2人して笑った。  ◆◆◆◆◆  泉岳寺の喫煙所で、お互いに『禁煙の誓い』を立てた私たちは、お互い似た者同士だった。  煙草なんて吸いたくないけど、  仕事のフラストレーションが溜まると、気を抜くとどうしても吸ってしまう。  私は実家暮らしだったから、家で吸う習慣はないけど、  喫煙所を見かけると、隠れた路地で1日に1回か、2日に1回かくらいのペースでは吸ってしまう。  意思が弱いのだ。  葵さんにそう思いを吐露すると、葵さんは「僕もだ」と言ってくれた。  なんだか救われた気がして、嬉しかった。  だから私たちは、誓いを立てた。  1人では()められないなら、2人で()めてみようと。  今度会うときに、  ちゃんと禁煙できているか、チェックするのだ。  禁煙できる自信なんて、私にはないけど。  フフフ・・・
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