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私たちは『インドアプランツ コンテスト』を見学し終わり、石鉢市場を出てお昼ご飯を食べることにした。
私が、千駄川区名物の『鶏そば』のお店を案内して、2人しておいしいおそばに舌鼓を打つ。
その隙を見て私は、軽くジャブを打ってみる。
「葵さんは、今日は奥さんに『何時に帰る』って言ってきたんですか?」
「え?」
『鶏そば』の麺をすくい上げる葵さんが、顔を上げた。
「いや『奥さん』は、いないけど・・・」
--そうか、葵さんは独身ね
「じゃあ、何時に帰る予定ですか?」
私の問いかけに、葵さんはポツリと漏らす。
「別に、帰りの新幹線を取っている訳じゃないから、何時とか決めてないんだけど」
「だったらこの後、東京観光でもします?さっきアデニウム買ってもらっちゃいましたから、その分ご案内しますよ」
「え?でも、それは『ひまわり』さんに悪いんじゃ?」
そう、葵さんは遠慮する。
やっぱり、奥ゆかしいところはいつもの『葵さん』だ。
「葵さんが『1人で回りたい』っていうんでしたら、遠慮しますけど」
「あぁ、いえ。そういうことじゃなくて・・・いんですか?お言葉に甘えちゃって」
「えぇ」
そう言って、私は葵さんに微笑みかけた。
◆◆◆◆◆
葵さんのリクエストで、私たちは赤穂浪士の聖地でもある泉岳寺へと向かった。
泉岳寺となると、私は詳しくないので案内できなかったが、
葵さんの方が詳しくて、逆に私に色々と教えてくれた。
赤穂義士の墓、大石内蔵助の像、赤穂義士記念館などなど。
葵さんの実家は兵庫の赤穂だそうで、地元の歴史に興味があったみたい。
そういうとこ、真面目な人だと思った。
石鉢市場で買ってくれたアデニウムの鉢植えも「重いだろうから」と言って、葵さんが2つとも持ってくれている。
なんだか、優しい人だと思った。
そして私たちは、何だかんだ言って、荘厳な泉岳寺の境内を巡る。
歩いていて、気になったところがあったら立ち止まる。
そうして気づいたことを話して、相手の言い分に納得する。違うと思ったら、別の意見を言う。
私たちは、気が合う。
それは、4年間も思ったことをSNSでやり取りしているのだ。
気が合うことは、最初から分かっていた。
「あー。もう今日が、終わっちゃいますね」
泉岳寺を出て、駅まで帰る道すがら、私はそんなことをつぶやく。
「インドアプランツ コンテストも見れたし、ずっと行きたいと思っていた泉岳寺にも行けた。なんだか、今日は充実した日でした」
葵さんも満足そうだ。
よかった。私も、案内した甲斐がある。
「葵さんは、今日帰るんですよね」
「はい。明日はゴルフに誘われていて」
「え?ゴルフって、朝早いんじゃ?」
「いえ、大丈夫ですよ。今日中に帰れれば」
「・・・・・」
葵さんは、今日中に帰らなければならないという。
さっき検索したら18:30にこっちを出ると、京都に着くのが21:00過ぎになるようだ。
今日の朝、葵さんは6:14の始発に乗ってきた。
朝早くから来て、きっと疲れているだろう。早めに帰してあげなければ。
そんな風に考えながら、駅までの道を歩く。
ぼんやりと、1日のできごとを思い出す。
今日は、楽しかった。
フフフとひとり、ほくそ笑む。
石鉢駅で、まさか男の人だとは思わなかった葵さんの姿に、私は驚いた。
最初は緊張していたけど、石鉢市場の『インドアプランツ コンテスト』に入ると、植物を目の前にしたら緊張もほぐれた。
いつもの、SNSでの私たちの関係に戻れた。
久しぶりに食べた『鶏そば』も、おいしかった。
初めて行った泉岳寺も、専属のガイドさんが説明してくれて、面白かった。
なんて穏やかな、そして楽しい、1日だったのだろう。
そんなことを思い返しながら駅に近くなってくると、
歩道の脇あたりに、不自然な人だかりが出来ているのが見えた。
--あ、あれは!
私はピンとくる。
『歩道の脇』に『不自然な人だかり』
そして
煙ったい臭い。
それは『指定喫煙所』だった。
私たちは、群がる喫煙者の集団を避けるように、歩道を迂回する。
過ぎ去る瞬間、
私は見た。
葵さんの視線が、喫煙所に向いていることを。
--ん?あの視線は?
フと疑問に思う。
あ、そうか。
「葵さん!」
私は、葵さんを呼び止めた。
先に進む葵さんが、振り返る。
「どうしました?」
「葵さんは、煙草を吸われるんじゃありません?」
「え?」
「違いますか?」
「なんで、そう思うんですか?」
「だって、さっき喫煙所、見てたから」
2人して、さっき通り過ぎた喫煙所に視線を戻す。
「そうですね・・・『ひまわり』さんだから正直に言いますけど、煙草、吸いますよ。でも、今日はいいです」
「どうしてですか?」
「今日は、そういう気分じゃないんです」
だったらなんで、
さっき喫煙所を凝視していたの。
ねぇ、葵さん?
「私に気を遣わなくっていいですよ。逆に、気を遣って欲しくはありません」
「気を遣っている訳では、ないです」
ずいぶん、強情なんですね。
「じゃあ、失礼して・・・」
私は、踵を返して喫煙所の真ん中へと向かい、
ハンドバッグからタバコのケースを取り出し、その1本を口に咥えて、先端にライターで火をつけた。
フゥー・・・
口元から、紫煙が漏れる。
「あ・・・『ひまわり』さん?」
目を丸くした葵さんが、私の元まで来る。
「はい?」
「『ひまわり』さん、煙草、吸われるんですか?」
「ダメですねぇ。止められないんです」
フゥー・・・
私は、紫煙を吐く。
「じゃあ、僕も吸わせてもらおうかな」
そう言うと葵さんは、懐から電子タバコを取り出し、一気に煙を吐き出した。
「あぁ、うまい」
「なぜでしょうね?」
私も微笑む。
「なんでだろうね。こんな体に悪いものが」
「ダメですね」
「ダメだね」
そうして、2人して笑った。
◆◆◆◆◆
泉岳寺の喫煙所で、お互いに『禁煙の誓い』を立てた私たちは、お互い似た者同士だった。
煙草なんて吸いたくないけど、
仕事のフラストレーションが溜まると、気を抜くとどうしても吸ってしまう。
私は実家暮らしだったから、家で吸う習慣はないけど、
喫煙所を見かけると、隠れた路地で1日に1回か、2日に1回かくらいのペースでは吸ってしまう。
意思が弱いのだ。
葵さんにそう思いを吐露すると、葵さんは「僕もだ」と言ってくれた。
なんだか救われた気がして、嬉しかった。
だから私たちは、誓いを立てた。
1人では止められないなら、2人で止めてみようと。
今度会うときに、
ちゃんと禁煙できているか、チェックするのだ。
禁煙できる自信なんて、私にはないけど。
フフフ・・・
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