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葵さんをお見送りするため、私たちは品川駅に向かう。
そうして18:00も過ぎる頃、品川駅に着くと、
葵さんは自動券売機へ向かい、帰りの新幹線の切符を買った。
・・・葵さんが、京都へ帰ってしまう。
そんな現実が、突きつけられる。
新幹線に乗り換える改札まで一緒に行って、私は葵さんを見送る。
「バイバイ」
私は葵さんに向かい、そう言って手を振った。
新幹線の改札に向かう葵さんも、振り返って手を振ってくれた。
・・・帰ってしまう。
葵さんが、本当に京都へ帰ってしまう。
そうすると、私はどうなるのか。
きっと私は、品川駅から地元の上進神駅まで帰る道すがら、スーパーに寄って値引きシールの貼ったお惣菜を買って、
家に帰って1人で晩ご飯を食べるんだ。
誰もいない部屋で、テレビでもつけながら。
たまにはアハハと、乾いた笑いを漏らすんだろう。
アハハ・・・と。誰に言うのでもなく。
なんだかさみしいなぁ・・・
そんなことを思っていると、
新幹線の自動改札機を抜けようとした葵さんが、
ふいに思い出したように、私の元に戻ってきた。
「今日は、本当に楽しかったです」
そう言って、葵さんが私の両肩を、1秒だけ抱きしめた。
--あっ・・・
と思った。
もしかして葵さんも『私と同じ気持ちでいたのかもしれない』
と思った。
葵さんも、改札でお別れしてしまうのが『さみしいなぁ』って、思ったんだろうか?
もしそうだったら、嬉しいと思った。
私たちは、気が合う。
だけど葵さんは、すぐに私の肩から手を離した。
だってその抱擁は、たった1秒間だけだったから。
私はそんな抱擁の余韻に浸る間もなく、
葵さんはクルっと回れ右して、一目散に新幹線の自動改札機を抜けて行った。
新幹線が来る時間が、けっこうギリギリだ。
--葵さんっ
私は、そんな後姿を、ずっと目で追っていた。
葵さんがホームの階段を下りる寸前に、私の方を振り返って、
そして手を振ってくれた。
私も「またね!」と言って、自動改札機に乗りかかるようにして、手を振り返した。
手を振ったまま、葵さんは階段を下りていく。
姿が見えなくなるまで・・・
こうして、私と葵さんの、2人だけの東京見物は終わる。
◆◆◆◆◆
そうして、数週間後のある日。
葵さんとお揃いで買ったアデニウムの鉢にお水をあげていると、スマホが鳴った。
ピロリピロリン・・・・ピロリピロリン・・・・
私は棚に置いたスマホを片手で探し、電話を取る。
「どうだい緋真理。新しい出会いは、あったかのう?」
いつもの、世話焼きおばちゃん奈々子からだ。
いつもなら「そんな、都合のいい出会いなんてある訳ないっしょ」と言っていたところだが、
今日の私は違う。
「出会い?」
少し、もったいぶる。
「そうじゃ、心が燃えるような、出会いじゃ!」
「『心が燃えるような出会い』じゃないけど・・・」
「なんとっ!あったのか?!」
「えー?うふふ・・・」
「ムムム、なんと不修多羅な娘じゃ!ワタシは貴様を、そんな風に育てた覚えはナイっ!」
「なによ、それ」
奈々子のキャラが、崩壊している(笑)
でも、楽しい。
そんな奈々子は放っておいて、私は話を進める。
「でね。今度ね、大阪へ出張に行くんだ」
「キヤツは、大阪の者なのか?」
「ううん、京都の人」
「京都とな?」
「そう、大阪での出張が終わったら、土日でそのまま京都へ泊まりに行くの」
「泊りじゃと!イカン!」
「なによ、それ」
「そういうときに限って、ワタシは貴様に授けたい言葉があるっ!」
「なに?」
「子供だけは、作っちゃいかんぞ?」
「あ・・・」
そうして、私と奈々子は、2人して笑った。
◆◆◆◆◆
その翌年。
33才になった私は、今の会社を退職して、
京都へ移住することとなる。
『葵さん』と『今の仕事』を天秤にかけて、そうすることにした。
でも、後悔なんてまったくない。
そもそも責任が重く、プレッシャーの大きな仕事には、そろそろ疲れていた頃だし、
アルバイトでもいいから『私は京都でもやっていける』という、仕事に関してだけは、変な自信があった。
逆に、これを逃したら『葵さんのような人と、もう一度出会える自信があるか?』というと、
そんな気分はまったくしない。
私の得意分野だったから、そう思ったのかもしれないし、
私の苦手分野だったから、そう思ったのかもしれない。
いずれにしろ私が考えて、そうしたかったから、そうしたのだ。
奈々子には、ああ言われていたのだが、
私もやっぱり、子供を作ってしまった。
でも勘違いしないで。
奈々子みたいに、私たちは順番が逆じゃない。
子供ができたら、私は自然と煙草を吸わなくなった。
結局『自分のため』には、いくらがんばっても禁煙できなかったが、
『誰かのため』だったら、意外と簡単に禁煙できる。
そんなことを、実感した。
そう思わせてくれる人がいる私は、幸せなんだと思う。
先に結婚していた夢佳にも赤ちゃんができたみたいで、夢佳の子と同級生となり、
タイムリーな子育て情報が交換出来て、私は嬉しかった。
今ではみんなと、子育ての話で盛り上がる。
そういえば、高校時代のあの頃は、どんな話で盛り上がっていたのだろう?
のほほんとした夢佳にサッカー部の彼氏ができるかもしれなくて、ワイワイ、キャーキャーと囃し立てたりした。
ブラスバンド部の美月に、クラリネットの吹き方を教わった。1本のクラリネットをみんなで吹いたので、『間接キスだっ!』って言って、笑ったっけ。
あの頃からせっせと作っていた、奈々子のBL小説。それを回し読みして、みんなで顔を赤くしたこともあった。
そんな私たちが、今では、
夢佳は製菓メーカーでお菓子作りを、
美月は外交官の妻となって家と家族を守り、
奈々子は相変わらず同人誌作りに余念がなく、
最後に残った私も、なんとか嫁ぎ先を得て、京都へ・・・
それぞれが、みんなそれぞれの道を歩む。
私は『セダム』と『サボテン』・・・そして『アデニウム』に感謝した。
私が一生をかけて、共に歩む男性と巡り会わせてくれたのも、緑が繋いでくれた縁だから。
今日も私は、旦那が帰宅したら、
ベランダから『セダム』と『サボテン』の鉢植えを取り込む。
そうして2人で水やりの相談を、今日もするんだ。
- 終 -
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
このあと、最後に『あとがき』です(笑)
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