第5話 グリーン ネットワーキング

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 葵さんをお見送りするため、私たちは品川駅に向かう。  そうして18:00も過ぎる頃、品川駅に着くと、  葵さんは自動券売機へ向かい、帰りの新幹線の切符を買った。  ・・・葵さんが、京都へ帰ってしまう。  そんな現実が、突きつけられる。  新幹線に乗り換える改札まで一緒に行って、私は葵さんを見送る。 「バイバイ」  私は葵さんに向かい、そう言って手を振った。  新幹線の改札に向かう葵さんも、振り返って手を振ってくれた。  ・・・帰ってしまう。  葵さんが、本当に京都へ帰ってしまう。  そうすると、私はどうなるのか。  きっと私は、品川駅から地元の上進神駅まで帰る道すがら、スーパーに寄って値引きシールの貼ったお惣菜を買って、  家に帰って1人で晩ご飯を食べるんだ。  誰もいない部屋で、テレビでもつけながら。  たまにはアハハと、乾いた笑いを漏らすんだろう。  アハハ・・・と。誰に言うのでもなく。  なんだかさみしいなぁ・・・  そんなことを思っていると、  新幹線の自動改札機を抜けようとした葵さんが、  ふいに思い出したように、私の元に戻ってきた。 「今日は、本当に楽しかったです」  そう言って、葵さんが私の両肩を、1秒だけ抱きしめた。 --あっ・・・  と思った。  もしかして葵さんも『私と(おんな)じ気持ちでいたのかもしれない』  と思った。  葵さんも、改札でお別れしてしまうのが『さみしいなぁ』って、思ったんだろうか?  もしそうだったら、嬉しいと思った。  私たちは、気が合う。  だけど葵さんは、すぐに私の肩から手を離した。  だってその抱擁は、たった1秒間だけだったから。  私はそんな抱擁の余韻に浸る間もなく、  葵さんはクルっと回れ右して、一目散に新幹線の自動改札機を抜けて行った。  新幹線が来る時間が、けっこうギリギリだ。 --葵さんっ  私は、そんな後姿を、ずっと目で追っていた。  葵さんがホームの階段を下りる寸前に、私の方を振り返って、  そして手を振ってくれた。  私も「またね!」と言って、自動改札機に乗りかかるようにして、手を振り返した。  手を振ったまま、葵さんは階段を下りていく。  姿が見えなくなるまで・・・  こうして、私と葵さんの、2人だけの東京見物は終わる。  ◆◆◆◆◆  そうして、数週間後のある日。  葵さんとお揃いで買ったアデニウムの鉢にお水をあげていると、スマホが鳴った。  ピロリピロリン・・・・ピロリピロリン・・・・  私は棚に置いたスマホを片手で探し、電話を取る。 「どうだい緋真理。新しい出会いは、あったかのう?」  いつもの、世話焼きおばちゃん奈々子からだ。  いつもなら「そんな、都合のいい出会いなんてある訳ないっしょ」と言っていたところだが、  今日の私は違う。 「出会い?」  少し、もったいぶる。 「そうじゃ、心が燃えるような、出会いじゃ!」 「『心が燃えるような出会い』じゃないけど・・・」 「なんとっ!あったのか?!」 「えー?うふふ・・・」 「ムムム、なんと不修多羅(ふしだら)な娘じゃ!ワタシは貴様を、そんな風に育てた覚えはナイっ!」 「なによ、それ」  奈々子のキャラが、崩壊している(笑)  でも、楽しい。  そんな奈々子は放っておいて、私は話を進める。 「でね。今度ね、大阪へ出張に行くんだ」 「キヤツは、大阪の者なのか?」 「ううん、京都の人」 「京都とな?」 「そう、大阪での出張が終わったら、土日でそのまま京都へ泊まりに行くの」 「泊りじゃと!イカン!」 「なによ、それ」 「そういうときに限って、ワタシは貴様に授けたい言葉があるっ!」 「なに?」 「子供だけは、作っちゃいかんぞ?」 「あ・・・」  そうして、私と奈々子は、2人して笑った。  ◆◆◆◆◆  その翌年。  33才になった私は、今の会社を退職して、  京都へ移住することとなる。  『葵さん』と『今の仕事』を天秤にかけて、そうすることにした。  でも、後悔なんてまったくない。  そもそも責任が重く、プレッシャーの大きな仕事には、そろそろ疲れていた頃だし、  アルバイトでもいいから『私は京都でもやっていける』という、仕事に関してだけは、変な自信があった。  逆に、これを逃したら『葵さんのような人と、もう一度出会える自信があるか?』というと、  そんな気分はまったくしない。  私の得意分野だったから、そう思ったのかもしれないし、  私の苦手分野だったから、そう思ったのかもしれない。  いずれにしろ私が考えて、そうしたかったから、そうしたのだ。  奈々子には、ああ言われていたのだが、  私もやっぱり、子供を作ってしまった。  でも勘違いしないで。  奈々子みたいに、私たちは順番が逆じゃない。  子供ができたら、私は自然と煙草を吸わなくなった。  結局『自分のため』には、いくらがんばっても禁煙できなかったが、  『誰かのため』だったら、意外と簡単に禁煙できる。  そんなことを、実感した。  そう思わせてくれる人がいる私は、幸せなんだと思う。  先に結婚していた夢佳にも赤ちゃんができたみたいで、夢佳の子と同級生となり、  タイムリーな子育て情報が交換出来て、私は嬉しかった。  今ではみんなと、子育ての話で盛り上がる。  そういえば、高校時代のあの頃は、どんな話で盛り上がっていたのだろう?  のほほんとした夢佳にサッカー部の彼氏ができるかもしれなくて、ワイワイ、キャーキャーと囃し立てたりした。  ブラスバンド部の美月に、クラリネットの吹き方を教わった。1本のクラリネットをみんなで吹いたので、『間接キスだっ!』って言って、笑ったっけ。  あの頃からせっせと作っていた、奈々子のBL小説。それを回し読みして、みんなで顔を赤くしたこともあった。  そんな私たちが、今では、  夢佳は製菓メーカーでお菓子作りを、  美月は外交官の妻となって家と家族を守り、  奈々子は相変わらず同人誌作りに余念がなく、  最後に残った私も、なんとか嫁ぎ(行き)先を得て、京都へ・・・  それぞれが、みんなそれぞれの道を歩む。  私は『セダム』と『サボテン』・・・そして『アデニウム』に感謝した。  私が一生をかけて、共に歩む男性(ひと)と巡り会わせてくれたのも、緑が繋いでくれた縁だから。  今日も私は、旦那が帰宅したら、  ベランダから『セダム』と『サボテン』の鉢植えを取り込む。  そうして2人で水やりの相談を、今日もするんだ。           - 終 - -----  最後まで読んでいただき、ありがとうございました。  このあと、最後に『あとがき』です(笑)
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