第1話 わたしと彼の は・つ・も・う・で

3/3
前へ
/23ページ
次へ
 どうやら快くんは、おみくじを引く気がないらしい。 「どうしたの?だって、快くんの事務局の話で、今日はおみくじを引きに来たんじゃない」 「いや、夢佳ネェが引いたおみくじで、十分じゃない?今年も幸先いい始まりで」 「だって、おみくじを引くために、わざわざ浅草まで来たんだよ?」 「だから、夢佳ネェが引いてくれたじゃん」  どうも快くんは、頑なにおみくじを引かない気みたいだ。  出かける前まで、電話で話したときなんかは、快くんだっておみくじを引く気マンマンだったはずだ。  どうして、気が変わってしまったのだろうか?  快くんは、本当におみくじを引く気がないらしく、ひとりでお守り授与所へ歩いて行ってしまった。 「ちょっと、待ってよ」  私も小走りで、快くんの後を追う。  その後、私たちはお守りを見て回ったり、新仲見世通りで冬なのにジェラードを食べたりした。  その間、私はずっと快くんに「やっぱりおみくじを引いてみたら?」と、しつこいように提案し続けた。  街を走る人力車を眺めているときも、言った。  人形焼を食べている間も、言った。  あんまりにも私がしつこいので、快くんはとうとう、本音を私に話してくれた。 「だって、夢佳ネェは『大吉』だろ?」 「そうだけど」 「そこでもしオレが『小吉』とか『末吉』だったら、夢佳ネェは『やった。勝った』とか言うじゃん」  なぬぬ?そういうこと? 「そんなこと、私が言うと思うの?」 「思うよ」 「言わないよ」 「いや。言うよ」  ・・・ムムム。  確かに、快くんにそう言われなければ、私はきっと言っただろう。 「それにさ」 「なに?」 「そもそも、おみくじで『神仏の意思を伺おう』ってこと自体が、違うだろ?」 「どういうこと?」 「振興組合の事務局になれるかどうか、事務局になれたとして、その仕事がうまく行くのかどうかは『神仏の意思』じゃない。オレの、力だ」 「ん?」 「結局は、オレがどう頑張るかにかかっている。おみくじを引いて、いい結果だったり、悪い結果だったりしても、それは関係ない」  出たよ。  快くんお得意の『ごもっとも攻撃』だよ。  快くんは、自分の分が悪くなってくると、決まって『ごもっともなこと』を言って、私を煙に巻こうとする。悪いクセだ。  そうじゃなくて、私は快くんと一緒に初詣に行って、  浅草寺でお参りして、ジェラード食べて、  そうしておみくじを引いて、その結果に一喜一憂したいのだ。  おみくじの結果だったり、それこそ『快くんの頑張り』だったりは、関係ないのだ。  楽しみたいのだ。  大好きな人とのデートを、私は。  快くんは自分の本音をぶちまけたからなのか、バツの悪そうな顔をして、車が流れ行く通りを眺めうつむいていた。  自分の発言で、2人の間の雰囲気が少し悪くなったのを、気にしているのだろう。  私だって、快くんの言葉に不機嫌そうな顔をしてしまったことを反省した。  だって、初詣デートなのだから、楽しみたい。  私が快くんに無理なことを言って、機嫌を損ねてしまったのだ。  どうすれば快くんの機嫌が直るのか、私は考えていた。  そのとき、快くんの方から声をかけてきた。 「ごめん。そんな顔しないでくれ。おみくじ引くから」  私は、快くんを振り返った。  快くんは、半分あきらめたような顔で、私に微笑みかけていた。  もう、どっちが年上なのか分からなくなって、私は恥ずかしくなった。  ◆◆◆◆◆ 「頼むー!出ろー!」  さっきのおみくじ所に戻って、快くんが銀色の筒を手に持ちガラガラと振り回し、念を注いでいた。  そうして先端の小さな穴から、みくじ棒を1本、導き出した。 「出たぞ!」  私たちはみくじ棒の先端に注目した。  その先端には『二十三』という数字が書かれていた。 「23?・・・ということは」  快くんと私は、目を合わせる。  23というと、さっき私が出した番号とピッタリ一緒だ。 「やったーっ!出したー!」  快くんは、今まで見たこともないようなくらい喜んだ。 「100分の1の確率に、勝った!」  私と同じ番号と言うことは、快くんのおみくじも『大吉』だということ。  快くんは、喜び勇んでおみくじ所にある引き出しの中から二十三番を開け、その中に入っていたおみくじを1枚取り出した。 「よかったぁ・・・」  心もち涙目になった快くんの視線が、おみくじを見て、一瞬で固まった。 「どうしたの?」  不審に思った私が、声をかける。 「夢佳ネェ、見てくれ。これ『大凶』だ・・・」 「え?」  たしかに、快くんの取り出したおみくじには『大凶』と書かれていた。  でも、どうして?  私の23番は『大吉』だったはずなのに。 「夢佳ネェ・・・」  快くんが、呼んだ。 「夢佳ネェのおみくじ、見せてくれないか?」  そう言うので、私は鞄の中からさっきの『大吉』のおみくじを取り出して、快くんに渡した。 「はい」 「夢佳ネェ・・・」  快くんは、私のおみくじを見て、顔を上げる。 「夢佳ネェのおみくじ、これ三十二番だ・・・」 「え?」  なんと、私は二十三番のみくじ棒を引いて、三十二番の引き出しを開けておみくじを取ってしまったのだ。  正しい二十三番のおみくじは、快くんの引いた『大凶』の方が、正しかった。  ◆◆◆◆◆  トホホホホ・・・  快くんと私は、お互いうなだれて浅草駅まで戻った。  2人並んで、駅までの歩道を歩く。  私の隣には、快くんがいた。  今日の初詣は、色んなことがあったけど、結局最後は2人で帰る。  そんな初詣は、楽しい思い出だった。  好きな人と一緒に帰る。  うれしい、楽しい、帰り道。  おみくじでは『大凶』だったかもしれないか、私にとってはそれも『大吉』だった。  ・・・後日談になるが、  上司の田上さんが振興組合の事務局を定年で退いた後、後任はやっぱり快くんが選任された。  快くんが事務局に決定して、それからすぐ私は、快くんにプロポーズされた。  もちろん、私はすぐさまOKしたに決まっている。  初詣のおみくじはやっぱり『大吉』だったのだと、私は確信して、うれしくなった。           ー 終 ― -----  次回は、そんな夢佳の結婚へ向けた準備でのお話です。お楽しみに(笑)
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加