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「運命の人、か」
クラウは照れ笑いをし、私の頭を撫でる。
「嬉しいよ」
私も「えへへ……」と笑ってみせる。
「……そうだ、ミユ。アレクとフレアがどうなったか気にならない?」
「えっ? クラウ、知ってるの?」
「うん。二人とは手紙でやり取りしてるんだ」
言うと、クラウは嬉しそうに目を細める。
「二人とも、一緒に俺たちの事応援してくれてる」
「じゃあ、アレクとフレアも再会できたの?」
「うん。今はトパーズで一緒に暮らしてるらしいよ。アレク、フレアの所に行ったんだけど、結局、伯爵の称号を弟に譲渡出来なかったらしくてさ。考えてみれば当たり前だよね、爵位なんて長男の世襲制だし。フレアがトパーズに行ったらしいよ」
「そうなんだ〜」
将来の見通しが甘いのは、アレクらしい、と言ってしまえば良いのだろうか。
意気込んでフレアの実家で一緒に暮らすつもりでガーネットまで行っただろうに。考えると笑えてきてしまう。
それはクラウも同じだったようで、二人で「あはは」と笑い合った。
「だから、俺たちもきっと大丈夫」
「……うん」
全く根拠は無いのだけれど、凄く頼もしい。どちらからともなく手を握り、額をコツンとくっつける。
これからはこんな日がずっと続いていくのだろう。私たちはこの幸せがどんなに有り難いかを知っている。前世ではいくら足掻いても手に入れられなかったから。
でも、心配な事もある。
そっと顔を離し、クラウの青と銀の瞳を見詰めてみる。
「でも……。私、公爵の生活なんて知らないし、それより私、ホントは異世界人だし……。適応出来るかなぁ」
「それは、あれだよ。ヒルダ……俺の姉さんが何とかしてくれるよ」
「クラウにお姉さん居るの?」
「うん」
はっきり言って初耳だ。
お姉さんとも仲良く出来るだろうか。別の悩みまで出てきてしまった。
「う〜ん……」と唸っていると、クラウは又しても「あはは」と笑う。
「今悩んでてもしょうがないよ。なるようになるから」
「う〜ん……」
「魔導師の頃の方が大変だったから。俺たちなら絶対乗り越えられる」
そう言われてみるとそうなのかもしれない。
漠然と未来を想像していると、白色のドアが三回ノックされた。
「ミエラ、入るぞ」
この声は父だ。私の返事を待たず、ドアが開かれる。
「お母さんと話してきた。端的に言う」
父の凛とした表情に、クラウは生唾を飲み込む。
「ルーゼンベルク卿。ミエラを幸せにしてやって下さい」
父は右手を前に、左手を後ろに回してぺこりと頭を下げた。一方でクラウは慌てて父の元へと駆け寄る。
「お、お父さん、顔を上げてください! ……約束します。ミエラは俺が必ず幸せにしてみせます」
「ありがとう……」
頭を上げた父はクラウの顔を見て、一筋の涙を流した。それも束の間、父は右腕で顔を拭う。
「わ、私とした事が……。娘が旅立つとなると、涙腺が緩くなるらしい。ミエラもこっちに来なさい」
「えっ? うん」
父の元へと歩み寄ると、父は両手を広げ、私とクラウの身体を優しく包み込む。
「二人とも、サファイアで元気でやるんだぞ」
言葉に出して、返事をしたりはしない。ただ、三人で微笑みあった。
その日は穏やかに、けれど確実にやって来た。三日間で纏めた荷物を馬車に預ける。殆どの物がクラウの屋敷で調達出来るとの事だったので、本当に大切な両親からの贈り物や貴重品のみを包みに入れた。
父、母、兄の順で私を抱き締め、次にクラウが三人と抱擁を交わした。
「ミエラ、一ヶ月に一回は手紙を書くこと。約束出来る?」
「うん、大丈夫」
「ルーゼンベルク卿も私たちの事は家族だと思って、一緒に手紙を書いてきなさい」
「はい」
頷き合うと、クラウは私を馬車の中へとエスコートしてくれた。居てもたってもいられずに、母は顔を背けてハンカチを当てる。その震える肩を兄が撫でた。
「二人とも、元気でな」
「うん! 三人ともありがとう!」
馬車は軽やかに走り出す。流れる車窓に映る家族に手を振り、一生懸命に感謝を伝えた。
道を曲がって三人が見えなくなると、「ふぅ……」と吐息を吐き、クラウと向き合った。
「いよいよ、だね」
「うん」
「ミユは雪見た事、あるもんね」
「うん」
魔導師だった頃、一度だけ二人で日本へ帰った時に雪が降っていた。サファイアはそれとは比べ物にならない程、雪が積もるのだろう。
「あとは……うーん、サファイアにしか無いもの……」
クラウは考え込み、眉間に皺を寄せる。
「無理に考えなくても良いよ〜! 二人で沢山思い出作れれば、私はそれで満足!」
「そうだね」
二人で微笑み合う。クラウの親指と私の小指には、あの結婚指輪が輝いている。一緒に暮らせる、それだけで充分だ。
馬車で三日、船で三日、更に馬車で二日、計八日間の旅となった。
船旅二日目で雪が降り始め、牡丹雪が粉雪へと変わっていく。寒くなっていく証拠だ。
服装も七分袖のドレスから毛トレンチコートへと変わった。
大陸の移動中は馬車の中で車窓が移ろうのを楽しみ、時には眠った。宿屋では豪華にも一人部屋を貸してもらえたので、クラウとの会話を楽しんだ後、一人の日記タイムを取る事も出来た。
北へ進むほどに寒さは厳しくなってくる。サファイアの王都へ着く頃にはダイヤモンドダストが輝いていた程だ。
「空気がキラキラしてる。綺麗……」
「ミユはダイヤモンドダスト見るの初めて?」
「……うん」
曇っていく馬車の窓を右手で拭き、外を見詰める。
「そうだな……一週間に一回は見れるかな」
「そうなんだ〜」
私の記憶が正しければ、ダイヤモンドダストはマイナス十五度くらいで出現する筈だ。
私が住んでいた街よりも寒い。そんな場所に、所狭しと家や屋敷が並んでいる。
人々は強いと改めて感じさせられる。
と、馬車の速度が落ち始めた。
「そろそろ着くよ」
「えっ?」
「俺たちの屋敷」
いよいよ、その時が来てしまった。嫌でも緊張してしまう。
どのような生活が待っているのだろう。
止まった馬車から降り、目の前にそびえ立つ、視界に入りきらない程の豪邸を見上げた。
此処がクラウが生まれ育ったルーゼンベルク公爵の屋敷──
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