第2章 対面

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 そんなに喧嘩をしてでも、私を選んでくれた事が本当に嬉しい。クラウも、公爵も。 「ありがとうございます……」  つい思いが漏れだしていた。  俯く私に、キャサリンは微笑みながら首を横に振る。 「お礼を言われる事はしてないですよ。それより、ミエラ嬢」 「はい」  キャサリンの顔から笑みが消える。 「ごめんなさいね。貴方たち、少しだけ部屋から出て行ってて頂戴」  使用人たちを見遣り、目で合図をする。控えていた五人はぺこりとお辞儀をし、静かに部屋から出ていった。  キャサリンは私に向き直り、じっと私の目を見る。 「貴女が異世界から来たというのは本当?」 「え、えっと、あの……」  言って信じてもらえるだろうか。  自信が無くて、キャサリンの顔を見る事が出来ない。ドレスを両手で握り締める。 「ミユ」  その右手に大きな左手が乗せられた。私を見詰める柔らかな瞳に頷いてみせる。  そうだ。今、嘘を吐いて、その場しのぎをしても駄目だ。この人たちとはこれからずっと一緒に生活していくのだから。 「……はい。私のホントの名前は実結っていうんです。地球にある日本っていう国から来ました」 「そう……」  キャサリンは軽く首を振り、ルーカスも片手を頭に置く。 「いや、クローディオから話は聞いてたんだ。信用してなかった訳じゃない。でもな、本人を見るまでは確信が持てなくてな」 「貴女を見たら何となく分かりました。子爵のご令嬢なのに使用人の扱いが分かっていないし、挨拶もぎこちなかったし……。人の上に立って生活した事は殆ど無いでしょう?」 「はい……」 「社交界に出た事は?」  日本で生活していた私に、そんな経験がある訳が無い。首をゆっくりと横に振った。 「困ったわね……」  キャサリンはルーカスに耳打ちをする。何を話しているのか気になって仕方が無い。 「大丈夫かなぁ……」  ドレスを握る手に益々力が入る。 「俺の父さんと母さんだよ?」 「そう、だけど……」  私にとっては初対面の人たちなのだ。  静かに事の成り行きを見守る。  キャサリンが「良い?」と囁くと、ルーカスも「うん」と頷く。二人は直ぐに私を見据えた。 「ミユ、と呼びますね。貴女には婚約発表までの八ヶ月の間、別邸へ行ってもらいます。そこで次期公爵夫人としての知識と教養を身に付けてもらわないと。クローディオに会うのも週に一度だけ。他は許しません」 「えっ!?」  声を上げたのはクラウの方が早かった。 「そんな……。一年も待って、また会えなくなるなんて、俺は──」 「貴方の為でもあるのですよ?」  キャサリンはクラウにピシャリと言い放つ。 「これくらいで生活に支障が出ていては、先が思いやられます。これからは仕事だって増えていくのに」 「それはそうだけど、いくら何でも厳し過ぎじゃ──」 「異論は認めません」  強い語気にクラウも口を出す事が出来ないようだ。 「婚約を認めるだけでも有難いと思ってくれ」  ルーカスの言葉に、二人で肩を落とす。  とその時、部屋のドアが勢い良く開かれた。 「お父様、お母様、遅くなってごめんなさい」  ウェーブの掛かった長い銀の髪に、アイスブルーの瞳の女性──キャサリンにそっくりだ。 「姉さん」 「クローディオが珍しく我儘言うと思ったら、こういう事だったの? もう、私が居なきゃ駄目なんだから」 「そんな事ないし!」 「そんな事あるし!」  ぷぅっと膨れるクラウに、現れた女性も頬を僅かに膨らませる。 「ヒルダ、落ち着いて」  キャサリンが宥めると、ヒルダと呼ばれた人は「はぁ……」と息を吐き出す。クラウの隣に居る私の姿を確認すると、しゃんと背筋を伸ばした。 「貴女がミエラ嬢、か」  言うと、両手でドレスを摘んでチョンと膝を折る。 「私は、ヒルダ・グリフォン。ナイトフォード侯爵夫人でクローディオの姉です」  私も座って見ている場合では無い。慌てて立ち上がり、ぺこりとお辞儀をした。 「よろしくお願いします」 「こちらこそよろしくね。で、直球で聞くけど……貴女、異世界人なんだって? クローディオから聞かされたってお母様に相談された。……って、なんかややこしいなぁ」  ヒルダは困り顔で頭を搔く。  なんだかサバサバしている印象を受ける女性だ。 「えっと……」 「ん?」 「私のホントの名前は実結です。日本っていう国から来ました」 「そう」  ルーカスやキャサリンと違って、あっけらかんと私の言葉を受け入れたようだ。にっこりと笑うと、両手を腰に当てる。 「それにしても……」  ヒルダは「ふぅ」と息を吐き出す。 「貴女、威厳が無いんだよね」 「えっ? えっと、その……」  急に何を言うのだろう。  俯いて困っていると、ヒルダは「もう」と声を上げた。 「ピンと胸を張りなさい。背筋を伸ばしてしゃんとしていなさい。そんなんじゃ、次期公爵夫人は務まらないよ?」 「は、はいっ」  勢い良く背筋を伸ばしてみる。何となく、先程よりも肺に空気が入っていくような気がした。 「で、私の事、サバサバしてるって思ってるでしょ」 「えっ? あの……」  図星で言葉が出てこない。  口を噤んでいると、ヒルダは「ふふっ」と笑う。 「図星、か。これくらいじゃなきゃ、公爵令嬢なんて務まらないもん。貴女もこれくらいにならなきゃね」  私はなれるだろうか。こんなにもサバサバしている女性に。  思わず「う~ん……」と声が漏れてしまった。 「姉さんはサバサバし過ぎなんだよ」 「クローディオは社交界に興味無さ過ぎ!」  今度はクラウが「うーん……」と声を上げた。
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