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俺が総料理長を務めている、イタリア料理がメインの店【イタリアン・バル・チリエージョ】は、俺が学生の頃の仲間数人と協力して作り上げた店だ。
その仲間のうちの1人が、ソフトドリンクと酒全般を仕切っている麻紘という男だ。
男にしておくには勿体無いほどの綺麗な顔立ちに、身長は俺より数センチ低いがそれでも181cmという高身長。線が細く柔和な雰囲気だからか、背は高くても威圧感は全く感じられない。
そんな麻紘目当ての女性たちで、カウンター席は昼も夜もだいたい埋まっている。
バリスタでソムリエでバーテンダーの麻紘は、カウンター内に立っていることが多いからだ。
俺と麻紘は毎月、新作メニューの試食会を2人だけでやっている。
俺が季節の料理をいくつか作り、それに合うドリンクを麻紘が考え、2つに絞り込んでいく。
最終的には店のスタッフ全員で試食し、どちらかひとつ、もしくは両方が、新しい季節のメニューとして並ぶことになる。
今夜もそれを、まずは麻紘と2人でやることになっていた。
閉店後、事務仕事を終えた俺が店の二階にある試作用厨房のドアを開くと、麻紘がワイングラスを片手に、壁際に置かれたソファーで寛いでいた。
ここは俺が料理の試作をする時に使う厨房だが、奥の方にテーブル席と、仮眠用のソファーも設けてある。
そのソファーで麻紘が寛いでいるのは別にいいのだが、問題はその麻紘の膝の上に頭を乗せて、気持ちよさそうに眠っている青年にあった。
まだ若干の幼さが残るその寝顔は、できることなら俺以外の男には見せたくなかったものだ。
「なんでこんなことになってるんだ?」
警戒心のかけらもない、無防備な寝顔を俺以外の男に晒している青年、秋津綾介を見下ろしながら、俺は心の中でこっそりと舌打ちをした。
「ちょっと前まで普通に話してたんだけど、話しているうちになんかもうこの子可愛いな〜って思って頭撫でてたら気持ちよくなちゃったみたいで、最初は恥ずかしそうにしてたのにだんだんウトウトしはじめてさ、カクンカクン揺れて危なかったから横になるように促したらこうなった」
「……なんとなく想像できるのが腹立つな」
俺は痒くもない顎を指先で掻きながら続けた。
「そもそもなんでコイツがここにいるんだ、今日はシフト入ってないだろ」
「あれ、頭撫でてたことには言及ナシ?」
「お前の場合はそういう意味じゃないだろうからな」
「僕は信用されてるってことなのかな、それは」
麻紘がワイングラスの中のワインを天井の照明に透かし、ゆっくりとグラスの先を回しながら言った。
「『明彦さんに会いたかったから』」
突然、上目遣いになった麻紘が、わざとらしく甘ったるい声音で言った。
「……だってさ」
いつもの声音に戻した麻紘がフフッと笑った。
「明彦には内緒にしといてって言われてたんだけどね」
綾介の前髪を撫で梳き、前屈みになった麻紘が綾介の耳元で囁いた。
「ごめんね綾介くん、明彦のご機嫌取りに使わせてもらったよ」
「別に俺は機嫌悪くなんかねえぞ」
俺がそう言うと、麻紘は「は?なに言ってんの?」とでも言いたげな顔をして俺をまじまじと見た。
「……なんだよ」
「フフッ、別に〜?」
顔には出さないようにしているが、今、俺はかなり激しく嫉妬している。
それが麻紘にはバレバレなのだろう。
「早く大人になりたいみたいだね、この子」
麻紘が空になったグラスに新たなワインを注ぎながら言った。
「どういうことだ、それ」
「もうすぐ誕生日で、ほんの数ヶ月の間だけど、お前に一つだけ近づけるって喜んでた」
年齢だけ近づいても意味ないのにねと言いながら、麻紘は綾介の頭を優しく撫でた。
「キャリアの差とか年齢差とか、いろいろ気にしてるみたいだからな」
綾介と俺とは、ちょうど一回り違う。
こればかりはどうしようもないことだと、そんなことは綾介もわかっているだろう。
「僕とは真逆だね、この子は。僕は大人になんてなりたくなかったから」
「お前の場合はまだ子供でいられたはずの年齢で、強制的に大人にならされちまったからな」
「まあね、この子が羨ましいよ。僕もベタベタに甘やかされてみたいもんだ」
少しだけ、麻紘は寂しそうに笑った。
麻紘の家庭環境は少し複雑で、今まで麻紘がどんなふうに生きてきたか、少しだが俺は知っている。知っているから、どう声をかけたらいいのかわからなかった。
部屋の空気が、少しだけ重くなった。
「それ飲ませたら『癖の強い肉料理食べながら飲みたーい』って言ってたよ」
重くなった空気を払拭するかのように、麻紘はテーブルの上のタンブラーを指差しながら明るい声で言った。
タンブラーの中には、赤い液体が少しだけ残っていた。
「もしかして、酒飲んだのか?」
「まさか、この子まだハタチじゃないもの、それは僕が許さないよ。これは葡萄ジュースで作ったサングリア風の激甘ソフトドリンクさ」
「ふうん……」
タンブラーに残っていた液体を口に含むと、シロップのような濃厚な甘さが舌にまとわりついた。
口直しのために麻紘からワイングラスを取り上げ、グイッと口の中に流し込むと、今度は強い渋みが口の中いっぱいに広がり、俺は思わず顔を顰めた。
「お前、よくこんなの何もつままずに飲めるな」
俺はグラスを麻紘に返し、厨房に入って冷蔵庫からチーズを取り出すと、適当にナイフで切って口の中に放り込んだ。
「僕は癖強い方が好きだからね、酒も、人も」
それを聞いて、俺はある男の顔を思い浮かべた。身長が190センチ以上ある、長髪のチャラそうでチャラくない書店の店長をやっている男、塩田。
「いるじゃねえか、お前をベタベタに甘やかす奴」
俺がそう言うと、麻紘の眉間に深い皺が刻まれた。
「あいつの場合はちょっと違うから」
「そうか?」
「うん」
俺は塩田ともそれなりに交流がある。
だから、塩田と麻紘が今どう言う状態なのか、それなりに知っている。
頼まれなくても世話を焼きたくなるくらい、面倒くさいことになっている。
手っ取り早い解決方法は、麻紘が素直に甘えてしまえばいいだけなのだが……。
「なんだい、何か言いたそうだね」
「いや別に、あんまり早く大人になるのもどうかと思ってな」
麻紘は子供でいられた時間が短かった。
甘え方がわからない、というのも厄介なものだ。
「何それ、あ、脚痺れてきた。綾介く〜ん、起きろ〜」
麻紘が綾介の頬をペチペチと軽く叩いた。
「早く起きないと明彦の前でディープなチューしちゃうぞ〜」
「おい麻……」
「うああああ!」
俺が何か言う前に、叫び声を上げながらものすごい勢いで綾介が飛び起きた。
「え、綾介くん、そんなに僕とチューするの嫌なの?」
「へ?」
綾介は何が起きてるのかよくわかっていないようで、寝癖のついた頭のまま、ソファーの上でキョトンとした顔をしていた。
「えっと、よくわかんないけど、なんか夢の中で明彦さんの機嫌がどんどん悪くなっていくからとりあえずそれは阻止しないとって思って……」
「なんで?」
「だって、そうしないと俺の体が大変なことに……、え、なんで笑ってるんですか麻紘さん」
吹き出しそうになるのを堪えていた麻紘が、声を出して笑い始めた。
腹を抱えてひとしきり笑った麻紘は、ソファーからヨイショと言って立ち上がると、俺の肩をポンポンと叩いた。
「明日も彼は学校あるんだから、ほどほどにな」
どう意味で言っているのか、聞かなくてもわかっている。
「善処する」
「あーそれ、その気はないけどとりあえずって時に言うやつだー。じゃあね綾介くん、僕の膝枕で寝てるとこ、ガッツリ明彦に見られてるから、今夜はきっとお仕置きだよ〜、頑張ってね〜」
麻紘は綾介に向かって明るくそう言うと、ニッコリと笑いながらヒラヒラと手を振って帰っていった。
「さて、と……」
視界の隅に、モゾモゾと動く人影があった。
俺は振り返ることなくその人影に腕を伸ばし、首根っこを掴んで引き寄せた。
「うわっ」
俺から距離を取ろうとしていた綾介をソファーに押し倒し、逃げ出せないように自分の体で押さえつけた。
「えっと、明彦さん?」
引き攣った顔で、綾介が俺の顔を見上げた。
「10秒で覚悟しろ」
俺はそれだけ言うと、熱が集まり始めた下腹部を綾介の腰に押し付けた。
「あっ」
綾介のそこは、すでに反応し始めていた。
「待って、明彦さん」
俺は無視して自身を取り出し、綾介の手に掴ませると、腰を動かしながら綾介のシャツを捲り上げた。
左右の胸の突起をそれぞれの手で摘み上げると、綾介の背中が大きくしなった。
ついさっき、待ってと言っていた口からは、熱く乱れた息が溢れた。
俺は綾介の手の中で自身を育てながら、目の前の甘い香りがする首筋にむしゃぶりついた。
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