燃料費高騰の救世主

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燃料費高騰の救世主

 これは画期的発明ですよ。一言で言うなれば、各家庭に1基、原子力発電所を造ろうというお話しです。  そう語る男は、モニターの中で饒舌さを見せた。彼はとある下町に社屋を構える、中小企業の社長。容貌はというと薄くなった髪、脂ぎった顔つきにギョロリと大きな瞳が光る。  とりあえず容姿については概ね不評。それこそセミナー開始時点では、汚らしいといった心無いコメントが、少なからず寄せられた。しかし彼の放つ言葉が、あまねく聴衆を魅了した。 「ご聴講の皆様、何も難しく考える必要はございません。この掌に収まる程に小さい箱を、部屋に置くだけで結構。面倒な工事すら不要で、後はコンセントを接続するのみ。たったそれしきの事で、莫大な電力を毎日毎晩、途切れること無く利用できるのです」  社長の掌には、白い立方体の小箱がある。さらに、バニー姿の女性が2人現れては、同種の箱を見せつけた。そちらはブラウンにダークレッドと、色味が異なる。 「近年、高騰を続ける光熱費も、この『アトミカル』さえあれば恐れるに足らず。更には災害時などの、予期せぬ停電も心配無用。そういった苦労はもはや過去の物となりました。月額使用料も面倒なメンテナンスもありません。1度購入してしまえば、使用期限の間は使いたい放題なのです」  この売り文句には多数が関心を寄せた。コメント欄は好意的なスタンプで埋め尽くされていく。  しかし、好調に運んだセミナーも、途端に緊張が走る。それは、とある人物の質問によって起きた。 「そのアトミカルという製品は画期的で、夢のような発明だと感じます。ですが安全性が気になります」  疑問は当然である。これを機に、称賛するコメントも鳴りを潜め、重たい静寂が訪れた。  昨今の燃料費高騰はもはや社会問題である。大多数の国民は、天井の見えない光熱費に怯える始末。今すぐにでもアトミカルに飛びつきたい心境だ。しかし核エネルギー。安全が保証される前提が必須である。  皆が固唾をのんで見守る中、社長は満面の笑みで応じた。本日一番の笑顔は、フェイスライトを浴びることで、粘質な光に包まれた。 「ご安心ください。このアトミカルには『マジカタイ金属』が使用されています。放射線を100%カットするのは当然の事、盤石なまでの頑強さを誇ります。それこそ隣で核兵器が爆発しても、傷一つつかないのです」  会場は沸きに沸いた。コメント欄も再び、熱狂的な盛り上がりをみせた。しかしここが最高潮ではない。次の発言により、臨界点を迎える事になる。 「みなさん、今ここが時代の転換点になります。この商品を買いますか? それとも無駄に電気代を払い続けますか?」  ウェブセミナーは大盛りあがりで幕を閉じた。称賛の雨あられ。社長は万感の想いで受け取ると、別れを惜しむようにしつつも、通信を切った。セミナーは終わったのだ。  すると真っ先に、小洒落たネクタイを緩め始めた。 「いやいや2人ともお疲れさん。それにしても緊張したぁ。あんな大勢の前で喋るなんて学生以来だよ」 「そうですか? 社長のトークはすんごい流暢でしたけど?」  右のバニーガールが率直な意見を述べた。遠回しな称賛だ。しかし左のバニーはそれに倣わず、現実的な見解を示した。 「社長。セミナーは成功と見て良いでしょう。しかしながら、セールスに繋がらなくては無意味です。大枚をはたいて開発した製品も、我々の破廉恥な姿も」 「そうだよねぇ。そろそろ運転資金が危ういもんね。最近は銀行員もおっかない顔つきになってきたから、成果を出しておかないとなぁ」 「今は待ちましょう。出来る手は全て打ちました」 「確かに気を揉んでも仕方ないね。それより腹減ってない? 3人でラーメン食べに行こうよ」 「それは何系?」 「煮干し系」 「社長の奢り?」 「もちろん」 「そんじゃお供します」  セミナーの盛況ぶりが、どの程度売り上げに跳ね返ってくるか、彼らには知る由もない。とにかく飯だという事で、麺を大盛りだの味濃いめだの海苔増しチャーシュー増しだのにして腹を満たす。満たされてしまえば、懸念など話題にもならない。なるようになれと開き直るばかりである。  そんなラーメンの日から2週間が過ぎた。月末締めで請求書や見積もり書が飛び交う中、それは起きた。 「社長、朗報です! ローホーー!」  血相を変えた秘書が、社長室に飛び込んできた。 「どうしたのバニー(右)ちゃん。落ち着きなよ」 「その呼び名はやめて。いや、それよりも売上ですよ売上! この報告書を見てください!」 「どうせまたギリギリ赤字なんでしょ。もう銀行に頭下げるのも限界……って、これマジ?」 「マジです、マジ」 「ゼロ2つ盛ってない? 何年か前にも捏造騒ぎがあったけど」 「私もそう思って営業部長に確認しました。そしたら本当の本当、水増しまるで無し。リアルの数字ですよ」  アトミカルの売れ行きは好調を超え、前代未聞の数字を叩き出した。購入費用の5万円を払うだけで、電気が使い放題。この分かり易さも手伝って、家庭用原発アトミカルは絶大なる知名度を得た。  営業部は、フル稼働しても追いつかない程に多忙を極めたが、嬉しい悲鳴の部類である。 「とうとう来た、うちの時代が来たね! これからジャンジャン稼いじゃおう!」 「これはもう勝ち確ですよ社長。お祝いがてら、何か美味しいもの食べません?」 「じゃあ寿司パやろう寿司パ。手の空いてる奴ら連れて食いに行こうよ」 「よっしゃーー! イクラ祭りじゃーーい!」  社長は大勢を引き連れて、電車を乗り継いでまで銀座に向かった。十数名にも及ぶ社員団の中には、本日締切の仕事を抱える者も居たが、それはご愛嬌。人という種族は、寿司の誘惑に抗えないのだ。  こうして我が世の春を愉しむこと1年余。彼らはローカル企業とは思えない年商と利益を手にした。しかし好事魔多し。先行きに暗雲が垂れ込めるようになる。  その綻びは、とある日。社長室にて明らかとなる。 冷徹なる人事部長が、ヒールの足音を響かせつつ訪れた。 「失礼します。社長、急ぎご報告が」 「慌ててどしたん、バニー(左)ちゃん」 「その名で呼ぶな、始末するぞ」 「ごめんて。それで用事は何? 僕はこれからオンライン商談があるんだけど」 「率直に申し上げます。開発主任兼工場長が、他社へ身売りしました」 「えっ、嘘だろ!? 相場の5倍は給料払ってたのに?」 「どうやら先方は5.2倍ほど出してきた模様」 「工場長……。誤差レベルの給金で裏切るだなんて……! あの日あの時、2人で交わした約束を忘れたのか!」  社長は顔を歪めてまで苦痛を露わにした。それも無理はない。企業した当初から今日まで、長年連れ添った社員に逃げられたのだから。  立場こそ上下はあるものの、旧い友人として接してきた。社内で最も信頼していた人物である。しかしアッサリと裏切られた。その衝撃は計り知れない。 「工場長、君は忘れてしまったのかい。僕らの技術で、この世界中を席巻してやろうと、圧倒してやろうと。安酒片手に誓ったじゃないか……!」 「社長。青臭い想い出に浸るのは止めなさい。今は何よりも、次善の策を必要としています」 「分かったよ。オンライン商談はキャンセルするから、皆と相談しよう」  工場長は、アトミカルの技術を抱えたままで出奔した。それすなわち技術漏洩であり、他社に模倣される事を意味した。  実際、独占状態だった市場シェアは変貌する。アトミカルの類似品が数多く出回った為だ。これには社長を始めとした多くの社員が、頭を悩ませた。 「マズイな。売上が徐々に落ちていってるよ」 「社長、マズイどころではありません。これは我が社の栄枯盛衰に関わるターニングポイントです」 「どういうこと? バニー……、人事部長」 「我々が毎日のように寿司を食い散らかす間、ライバル会社は切磋琢磨していた模様。ここ最近は、利益の大半を投じて広告を打つなどして、凄まじい猛攻を仕掛けています」 「あっ、見た見た。色んな女優さんを起用してたよ。あれは金かかったろうと思うよ」 「呑気かよ。ともかく、このまま劣勢を強いられれば、シェア逆転も有りえます。ご考察を」 「分かったよ。じゃあ大型キャンペーンを打ち出して、ユーザーの関心を取り戻そう。僕たちがナンバーワンである事実を思い出させるんだ」 「社長、まだそんな気概が……。てっきり、体脂肪を蓄積するだけが能だとばかり」 「言い過ぎだよ。確かに太ってるけどさ」  社長の判断は正しかった。類似品よりもアトミカルの方が知名度で勝り、それは安心感にも繋がった。ここでもセミナーの成功がプラスに働いたのだ。様々な施策によりシェアトップを維持。市場の半数近くを掌握し続けた。  しかしライバル達も簡単には諦めない。シェア争奪戦は熾烈を極めた。キャンペーンに広告、値下げ。駅のポスターに動画広告、テレビCMも網羅した上で、またまた値下げ。  先の見えない戦いに、社員たちは疲弊した。そして社長が振る舞う寿司にも飽きた。そろそろ懐石系にしようかと囁かれた頃、新たな事件が勃発した。  それは、この小型原発バブルの終焉を意味していた。 「しゃ、シャチョーー! 大変です、これマジもんのヤバいヤツーーッ!!」  秘書が転がるようにして社長室に飛び込んだ。しかし、待ち受けた社長と人事部長は視線すら寄越さない。  2人ともテレビ放送に釘付けとなっていた。それはアトミカルを買った消費者が、酷く困惑する様子をインタビューしたものである。 ◆ ◆ ◆  この家庭向け原発の、アトミカルっていうの? ちょっと不安だったけど、魅力的なプランだったから買ってみたんだ。日本製だし、まぁ大丈夫かなって。絶対に壊れないとも聞いたしね。  でもさ、愛犬のボビーがちょっと遊んだら、簡単に壊れたんだよ。この写真を視てくれ。箱の端が欠けてるだろ? これには本当に肝を冷やしたね。もっとも、安全性が損なわれる程じゃ無かったと分かり、胸を撫で下ろしたけどさ。もう怖くて家には置けないね、メーカーに返品するつもりだよ。 ◆ ◆ ◆  購入者へのインタビューが終わると同時に、社長もテレビの電源を切った。 「ええと、社長……?」 「あぁごめんね秘書。急用かい?」 「いえ、今の報道についてなので。伝えるべきは、伝わってます」 「秘書はどう思う? 僕はありえないと思う」 「今のワンちゃんが壊したんですよね。パグって元々は闘犬らしいんで、噛む力も強いんじゃないです?」 「いやいや、それでも有り得ない。マジカタイ金属は核兵器でも壊せないって言ったでしょ。それは誇張じゃなくて事実なんだ。動物はもとより、地球人ごときに破壊なんて出来ないよ」 「でも、製品が壊れた写真が出回ってますけど……。ネットやSNSで」 「これには何か裏があるよ。絶対に」  社長は、珍しく眉間にシワを寄せて考え込んだ。そこへ人事部長のスマホが鳴り、応答した。それは新事実をもたらす報告だった。 「社長。今しがた、調査班より報告があがりました」 「聞かせてくれないか」 「結論、粗悪品が出回っております。よりにもよって 、我が社のアトミカルと酷似したデザインのものが」 「それは由々しき事だね」 「さらに問題であるのは、粗悪品に『チトヤワイ金属』が使用されているとの事。その為、容易に壊れたと推察できます」 「チトヤワイだって!? それはマズイよ、そんな粗雑なものが出回ったら大変だ!」 「社長、いかがなさいますか?」 「即刻手配して。まず、ホームページや広告で、粗悪品の危険性について周知。それから法的措置。販売した会社に損害賠償と回収を請求するよ」 「あぁ社長……ご立派です。てっきり、駄肉に覆われた寿司キチ○イかと見下しておりました」 「無駄口は後にして、今は時間との勝負! 駆け足!」 「イエス、ボス!」  ここで社内は一丸となった。アトミカルという製品は、単なる売り物とは違う。社員総出で、必死になって生み出した商品なのだ。  開発部が心血を注いで育んだ技術、そして製造部が24時間態勢で大量生産に励んだ努力を、無駄にしたくない。営業部も、稼ぎ放題のドル箱案件から手を退くつもりはない。今や部署の垣根もなく、全員が手を取り合って大難を乗り越えようとした。  しかし、彼らの努力は結実しなかった。世間の拒絶反応は想定以上に強く、風当たりも暴風の如し。不安の声がいくつも集まっては、あらゆる媒体で拡散され、恐怖が伝播してゆく。やがて恐怖は、暴力へと育っていった。  市民による過激なデモ隊が結成されるまで、大した時間はかからなかった。彼らが求めるのは製品の不買ではなく、排斥であった。 「悪魔の発明アトミカルを許すな! 未来のために存在ごと消してしまえ!」 「我らは命ある限り戦うぞ! 決して主張を取り下げるものか!」  デモの嵐は世界中を駆け抜けた。デモ隊は一部が過激化して、暴動にまで発展。密告や略奪が横行した結果、荒廃した国も少なからずある。もはや1企業の努力で改善できるレベルではなかった。  事態を重大視した時の政権は、ようやく重い腰を上げた。アトミカルを始めとした製品を回収するよう命じたのである。製品の品質など関係ない、一律の回収命令だ。  あまりの強権ぶりに国会は酷く荒れた。それでも結局は、世論の後押しが決め手となり、結論が覆りはしなかった。その為アトミカル関係者は、皆が途方に暮れた。 「あぁ、会社の倉庫が返品アトミカルで山積みに……」 「これで終わりだと考えないようにね、秘書さん」 「人事部長……。世界中からかき集めるだけでも大変だったのに、まだ仕事があるんですか?」 「これらを全て、安全に廃棄しなくてはならない。もっとも、放射性物質を大量に引き受けてくれる業者など、そう簡単に見つかるとは思えないが」 「もし、見つからなかったら?」 「さあてね。暴徒と化したデモ隊に襲撃されるんじゃないの。この倉庫を、会社ごとメチャクチャにされるのが関の山」 「そんなぁ……。どうしてこうなっちゃったんだろ。ちょっと前までは、高級寿司が飽きちゃうくらい上手くいってたのに……」  一時期は富と名声の象徴であったそれは、今やゴミの山である。いや、もしこれがタダのゴミならば、いくらかマシだった。扱いにどれだけのコストが必要か、考えるだけでも頭が痛む。 「社長〜〜。これホントどうするつもりですかぁ?」  秘書が悲鳴にも似た声をあげた。しかし社長は進むべき道を示さない。それどころか、この絶望的な状況であるのに、スマホ片手に商談を延々と続けている。愛想笑いの度に、頬の余り肉が震えるのが憎たらしい。  ようやく通話が終わった時、秘書は憤慨して詰め寄った。 「社長! こんな時に楽しくお喋りですか! 良いご身分ですね!」 「いやごめんて。ちょっとNASAとお話ししてて」 「そんな、とって付けたような軽口を言ってる場合ですか! とにかく考えてください、コレをどう処分するか――」  なおも言い募ろうとするが、その口は止まる。何の前触れもなしに、来訪者が慌ただしく駆け込んできたからだ。 「助けてください、社長!!」 「君は、工場長……? 他所の会社に引き抜かれたハズじゃ」  久方ぶりに見た知人は、酷くみすぼらしかった。ワイシャツのボタンはむしり取られ、全身を生卵やペンキで汚されている。何らかの暴力にさらされた事は、見てわかる。 「社長、恥を忍んで縋ります。どうか私を匿ってください!」 「急な話だな。一体これまでに何があったの?」 「実は、この回収騒動の最中に、色々と有りまして……」  工場長は、言葉を途切れ途切れにしつつも経緯を話した。  一言で言えばSNSでの炎上だ。彼はこの前代未聞な回収の最中に「せいぜい4万も出せないクソ貧民が騒いでるだけ」と煽り散らかしたのだ。結果、会社も特定されて大規模デモに発展。懲戒免職された挙げ句、デモ隊にも襲われ、ほうほうの体で逃げてきたというわけだ。  そうして辿り着いたのが、かつての職場。しかし、ここも安寧の地ではなかった。眼尻を怒らせた社員たちに詰め寄られてしまう。 「工場長! あんたのせいでオレたち製造部は、ずっと白い目で見られたんだぞ!」 「良い機会だ、復讐しようぜ。魔法少女のコスプレでもさせてネットにバラ撒いてやる。還暦前のオッサンの醜態をな!」 「待て、やめてくれ! この歳でそんな事しようものなら、癖になって止められなくなる!」 「ゴチャゴチャうるせぇ! 良いから大人しくしろ、裸にひん剥いてやる」  憤激を隠しもしない社員たち。その怒りを押し留めたのは、社長であった。  反発する声は多。しかし彼が「任せて欲しい」と告げると、反論も聞こえなくなった。 「戻ってきてくれたんだね工場長。僕は嬉しいよ」 「しゃ、社長……!」 「今、君の力が必要なんだ。協力してくれるね?」 「ですが、私は裏切り者です。我欲のために、大恩ある社長を、私は……!」 「覚えてるかな。会社を立ち上げた当初、全然仕事がうまくいかなくって。よく2人でさ、缶ビール片手に、夜の公園で晩酌してたよね」 「確かに……そんな日々もあったかと」 「その時にこんな話の後、約束したよね。僕たちはまだ小さい。でも今に見てろ。いつか世界を席巻する――」 「もちろん覚えておりますとも! まだ見ぬ製品を開発して、世界中に売りつけてガッポリ儲けようと!」 「あ、あれ? そんな生々しい約束だっけ? もっとこう、爽やかな感じだったような」  ここで社長、人事部長を見た。しかし彼女は肩をすくめるばかり。思い出は美化されがち、とでも言いたげだった。 「と、ともかくね、工場長。戻ってきてくれたのは不幸中の幸いだ。会社のピンチを救ってくれないかい?」 「社長……! ありがとうございます! たとえ肉体が滅びて魂になっても、会社のために働き続けます!」 「あっ、ちなみに給与は相場の4.8倍に減額するから。懲戒の意味を込めて」 「この肉体が滅びるまで、働き続けます!」  工場長の熱意がトーンダウンしたのはさておき、彼らは動き出した。社長のアイディアをもとに工場長が設計し、製造部が形にしていく。知見のない開発に酷く手こずったのだが、遂に完成の日を迎えた。  それから社長は、膨大なアトミカルを運んだ。送り先は代々木公園である。 「社長。なんですか、これ?」  代々木公園の広場に、呆然と立ち尽くす秘書。そんな彼女に、やたらノンビリとした声で答えた。 「見てわからない? スペースシャトル」 「それは分かりますけど! まさか会社の皆で作ったんですか!?」 「まさかまさか。これはNASAから買ったんだよ、発射台ごと。皆に作ってもらったのは、別にあるよ」 「はぁ、それはどこに?」 「もう船に積み込んだ。見るのは宇宙船に乗ってからだよ」 「乗るって何ですか」 「せっかくだし、皆で乗ろうよ。まぁ、せいぜい4人までだけど」 「……はぁ?」  秘書はどこまでが冗談か分からず、とりあえず半笑いを浮かべた。  しかし社長は本気だった。結局、秘書も含めたメンツ4人で、宇宙旅行へと出かける事になった。 「それじゃあね、皆シートベルト締めてね。大気圏抜けるまでキツイと思うけど、そこは頑張ろう」 「あぁぁぁ嘘だと言って! なんで斜陽の会社の社長秘書が宇宙船に乗ってんだよチクショーー!」 「そんじゃ行くよ、ポチッとな」 「ギャアアアーー! さよなら地球、私を忘れないでーーッ!」  滑らかに発射、大気圏突破、そして宇宙空間。旅路は特に問題もなく、順調だった。強いて問題を挙げるならば、秘書が泡吹いて気絶したくらいである。 「人事部長、どうかな? そろそろだと思う」 「はい。頃合いと考えて宜しいかと」 「そんじゃ工場長、お願いね」 「承知しました。射出!」  その言葉とともに、コンテナ風の箱が宇宙船から切り離された。アトミカルを満載したそれは、等速を保ったままで直進し、いつしか見えなくなった。  会社の製造部が懸命に制作したのは、この廃棄装置である。滞り無く作動したことに、一同は安堵の息を漏らした。 「射出完了。軌道に大きな異常なし。廃棄は無事、成功しました!」 「お疲れ様。これで後腐れなく捨てることが出来たね」 「ところで社長。お手元にあるソレは、もしやアトミカルでは?」  工場長の指摘は正しい。社長の掌には、確かにブラックカラーのアトミカルがある。 「これは記念すべき第一作目さ。ちょっと思入れがあるから、捨てられなかった」 「では、手元に置いておくので?」 「そのつもり。そんでさ、これ見てたら閃いたんだけど、聞いてくれる?」 「もちろんですとも。次はどのようなアイディアが?」 「アトミカル技術を応用して、大きなロボットを作れないかな。二足歩行の巨大ロボとか」 「ほぉ、ほぉ……興味あります」 「ロボットのボディは全部マジカタイ金属にして、動力源はアトミカル。これで、長期間活動できるし、壊れたりもしないよね」 「ロマンありますな。しかし、そんなものを造って何をさせますか?」 「色々あるよ。だって壊れないから。海底調査とか、火山の内部とか。他にも、地面を掘りまくってマントルの中を調べたり。使い所は沢山あるよ」 「絶対に壊れない巨大ロボですか。面白そうですね、やりましょう!」 「地球に帰ったら早速取り掛かろう。予算ならたくさんあるよ、アトミカルでしこたま儲けたからね」 「頼もしい! 私も全力で開発を進めます!」  こうして彼らは地球に戻るなり、社長のアイディアを実現させた。その巨大ロボットは構想通りの仕様で、異様な強度を誇った。少なくとも人類の科学力では、破壊する事など不可能な代物である。  この発明は世界中を席巻し、圧倒もした。社長達が交わした約束は、ここに達成したのである。  そのついでに、燃料費高騰に悩む人類は消滅した。 ー完ー
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