第9話

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「ほんでなぁ、こないだようやっと寝返り打つようになってなぁ〜」 「ははは…」  ーーー時節は更に巡り、青葉の木々が赤く色づき始めた初秋。  定食屋でスマホ片手に我が子自慢をする藤次を、真嗣は聞き飽きたとばかりに苦笑いを浮かべる。 「……なんねその顔。愛しいワシの可愛い息子の話、聞きたないんか?」 「うわっ!そう言う卑怯な言い方するぅ?大体、僕が可奈子の時に惚気てたらウザい、疲れとんやって言って聞く耳すら持たなかったのにぃ!!」  この卑怯者の自己中!と噛みつく真嗣だが、ややまって、少し冷めた味噌汁に口をつけた後、ため息混じりに言う。 「まあ、アレだよねー。去年か一昨年だっけ?楢山君の抄子さん流産したの。だから楢山君にはこういう話、しにくいよね。でも話したい。今が可愛い盛りだしね。だから毎日、わざわざ僕の職場近くまで来てご飯代肩代わりして、ホント……優しいんだか不器用なんだか。」 「べ、別にそんなつもりわっ!!」 「はいはい。無いって言いたいんだろ?分かってるって。でもさ、たまには夫婦2人でのんびりしたいとか思わないの?藤次は仕事で息抜きできるけど、絢音さんはずっと家で藤太君と2人きりでさ、疲れてるんじゃない?」 「そ、」 「そ?」 「そんなん、考えたこともなかったわ。絢音いつも笑顔やし、何でもテキパキしとるから……それに振り返ってみたら、最近土日も藤太藤太で家にこもりきりやし、家族サービス?そう言うのしてへんわ。」  盲点やったと頭を抱える藤次に、真嗣は盛大に溜息をついた後、スマホを取り出す。 「……あ、嘉代子さん?今いい?ちょっと相談があるんだけど……」 「?」  涙目で自分を見つめてくる藤次に、真嗣はニコリと微笑んだ。 「実はね……」 * 「えっ!?温泉?!藤次さんと、2人で?!」  ーーー夜。  いつものように笑顔で出迎えてきた絢音に、藤次は真嗣に渡された温泉宿のパンフレットを示し、次の週末、2人でここに行こうと誘うと、当然のように絢音は目を白黒させる。 「い、いやな?真嗣に言われてん。最近藤太藤太でお前をおざなりにしてへんかって。せやから、お前への慰労も兼ねてデート、しよかなぁて……」 「ば、ばかねぇ。藤次さんちゃんとお父さんしてくれてるじゃない。買い物だって、乳飲み子抱えて大変だろうって、年会費高いのにネットスーパーの宅配契約してくれたし、お風呂も夜泣きも手伝ってくれてるし、不満なんて」 「そうやない!!」 「えっ?!」 狼狽する絢音に、藤次は真嗣に言われて気づいた気持ちを吐き出す。 「嫌なんや。このままズルズル……「お父さん」になっていくのが。ワシらまだ、出会って10年も経ってないんえ?もっと男と女でいたいんや。もっと女のお前を、知りたいんや。そう思うのは、あかんか?藤太も勿論大切やけど、俺が一番愛してるのは、お前や。絢音…」 「藤次さん……」  一体いつぶりだろう。   こんな熱を持った眼差しを向けられたのは。  愛してると囁かれたのは。  高鳴る鼓動で息もできなくて唇を震わせていると、肩を引かれて胸の中に誘われると、顎を持ち上げられ優しくキスをされる。  最初は軽く振れるだけだったが、徐々に藤次の舌が挿入(はい)ってきて、甘ったるい口づけに変わって来て、忙しさにかまけて雑に結った髪の毛を優しく撫でられ、服の上から身体のラインをなぞろうと藤次が手を伸ばした時だった。    絢音の唇が、ダメと動いたのは。 「なんでや……もう、辛抱たまらん。抱かせてくれ。」  明らかに余裕のない顔で迫られ、太腿にやんわり当たる藤次のモノにも戸惑いながらも、絢音は潤んだ瞳で乞う。 「ダメ……私、藤太産んで身体だらしなくなってるから、もう、見せたくない。」 「何を今更、風呂一緒に入ってる仲やん。なあ……」 「お、お風呂は……いつも泡風呂だし、藤次さん近視だから湯気でよく見えてないだろうって言い聞かせて……あっ!!」  バサっと、手に持っていたカバンや上着を投げ捨て、藤次は言い淀む絢音を抱き上げ寝室に入ると、ベッドに寝かせてネクタイを解く。 「……藤次さん。止めて?私、あなたの中では綺麗なままの女でいたいの。こんな醜い姿晒してあなたに幻滅されるくらいなら、今ここで、死んだ方がマシよ……」  そう言って泣く絢音の涙を拭いながら、藤次はゆっくりと、彼女の服に手を掛け脱がしていき、目の前の美しい裸身にため息を溢す。 「……何が醜い姿やねん。十分、綺麗や……」 「嘘……だって私、服のサイズワンサイズ変わったのよ?」 「SサイズがMになっただけやん。俺なんかMからLLになったんえ?誰かさんの飯のせいで。最近はホラ、腹も少し出てきた。」 「ホント?」 「ああ。触ってみ?」 「……」  言われるがまま、藤次の腹に触れてみると、確かに少し円やかな輪郭が見えたので、絢音は思わず破顔する。 「ホントだ。藤次さん、オジサンみたい……」 「せや、俺はもうオジサンや。こないなだらしない俺、嫌いか?」 「そ、そんな事ない!!私だってオバさんだもん!それに第一、こんな事であなたを嫌いになるなんて……あり得ない。」 「絢音……」 「好き。私も藤次さんを愛してる。どんな姿形になっても、私あなたに抱かれたい、抱きしめたい。いつまでも名前で呼び合って、男と女でいたい。だから、優しく、して……」 「うん。優しくしたる。好きや……」 「私も、好きよ……藤次さん……」 *  ……その夜のセックスは、とっても甘くて蕩けそうで、  藤次さんの腕の中で、私は何度も甘い声を上げた。  不思議とその夜は、藤太はぐっすり寝ていて、私達は時間を忘れて、互いを求め合った。  藤次さんは、何度も可愛い可愛いと言って、私の中に挿入(はい)ってきて、その言葉と熱に眩暈さえ感じて……  本当に、このまま死んでも良いとさえ思う程、私にとって生涯忘れ得ない、愛に満ちた一夜だった……  このまま、この人に愛されて、この人を愛して、共白髪になっても、灰になって魂だけになっても、この人と添い遂げる。  そう、神様と己の心とあなたに誓ったのに。  私は結局、藤太を選んでしまったわね。  約束、違えてごめんなさい。  藤次さん……ーー
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