第12話

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「はあ…」  ーー花藤交番の休憩室で昼食を摂っていた竹史だが、数日前に起きた藤次と絢音の心中事件がずっと心の中に引っかかっていて、重いため息を吐く。 「…愛って、何なんだろうな。」  あれだけ仲が良く愛し合っていた2人が、不倫の末死を選ぶ事になるなど、竹史は未だに信じられなくて…  なにより、密かに想いを寄せていた絢音の命と心を救えなかった事が悔しくて苦しくて、最近は酒に頼らないと眠れない始末… 「絢音さん…どうして…」  そうして涙ぐんでいた時だった。 「おーい。誰かいるかぁ〜?」 「!…あ、は、ハイッ!!」  不意に交番の入り口から聞こえた声に竹史は瞬き、涙を乱雑に拭うと席を立ち応対に出ると、トレンチコートにハンチング帽姿の初老の男性…松下の爺さんこと『松下祐武(ひろむ)』がいた。 「あ、こ、これは、そ、捜査一課の…」 「ああいい。そう畏るな。」  ピッと敬礼をしようとした竹史を手で制し、松下は直ぐ様本題を切り出す。 「寺沢って巡査は、お前さんかい?」 「えっ?!あ、あ、ハイ…寺沢竹史は、自分です、が。」  捜査一課の刑事が何だろうと戸惑いを露わにする竹史に、松下は続ける。 「お前さん。花藤の御幸路地で起きた心中未遂事件の、第一発見者の一人だったよな。」 「あ…」 『御幸路地』  そこは、自分は勿論、藤次と絢音が住む長屋街のある路地の名前だった。 「た、確かに、そうですが、な、何でしょうか。は、話は、全てしたつもりです、が。」  戸惑う竹史に、松下は詰め寄る。 「お前さん、仮にも警官だろ。臨場した時、気が付かなかったのか?」 「えっ?」  その先の松下が口にした言葉に、竹史は驚愕しながらも、ずっと無意識に引っかかっていた違和感に気がつき、膝から頽れる。 「そんな…でも、確かに。けど…」  震える唇で端的に言葉を発する竹史を一瞥して、松下はハンチング帽を被り直す。 「…思ったより、デカいヤマになりそうだぞ。この心中事件…」 * 「やあ、調子どうだい?藤次。」  ーー『その日』は、朝から冷たい秋雨の降る日だった。  ICUから精神科の開放病棟に移った藤次を見舞いに来た真嗣だが、相変わらず食事も手につけず、日がな一日窓の外をぼんやりと正気の抜けた表情(かお)で眺めて過ごしている親友に、少しでも慰めをと、藤次が絢音に勧められて飲み出したハーブティーを作って机に置いてみたが、彼は手をつける事なく、寂しそうに笑う。 「すまんのぅ真嗣。そやし、あかんのや。何食べても飲んでも、味がせぇへんねん。にゃから、下げてくれるか?匂い嗅いでると、思い出すんや…」 「藤次…」  ごめんと言い、給湯室に行ってティーカップを洗いながら、真嗣はため息を吐く。 「情けない。惚れた相手の支えにさえなれないなんて…でも、生きてアイツを守れるのは僕だけなんだ。しっかりしないと。」  言って表情を正し、病室に戻ると… 「えっ…」  ザァーと、さらに強く雨が降り始め、京の曇天が低く唸る。  突然の来訪者…松下の口から発せられた言葉に、真嗣はショックのあまり手にしていたティーカップを落とす。 「ちょっ、待って下さい。絢音さんの死因は、朝鮮朝顔の毒が原因の急性薬物中毒による窒息死と診断が…」 「まあ、あれだけ首から胸まで引っ掻き傷だらけじゃあ、見落とすのも無理ないかと思ったが、しっかり調べたら、出たんだよ。素手で締め殺した、扼痕が…」 「そんな…」 「まあ、これから遺体を司法解剖に回して細かく調べりゃあ、もっと具体的な証拠が出るだろうが…出来ればその前に、俺ぁお前さんの口から、真実を聞きてぇんだがな。」  そう言って、窓の外を眺めている藤次に問いかける松下だが、彼は一向に黙ったままなので、たまらず真嗣は詰め寄る。 「藤次!藤次嘘だよね!!?嘘って言ってくれ!!あんなに愛した絢音さんに、そんな酷い事」 「真嗣。」 「えっ?!」  狼狽する自分を哀しげに見つめる親友が、ゆっくりと口を開く。 「弁護…引き受けてもらえるか?」 「藤次…」  愕然とする真嗣の横で、松下は静かに口を開く。 「認めると、受け取って良いんだな。」  その言葉に、藤次は静かに目を伏せる。 「そう受け取ってもろて構わへんよ。ま、調べたからこそ、確信があったこそ、今日ここに、来たんやろけど…」 「…とりあえずは、司法解剖の結果次第にさせてもらうが、一応病室には警官を立たせてもらうからな。」 「好きにしたらええ。」 「藤次…」  投げやりのような藤次の態度に真嗣は戸惑うばかりだが、松下はそんな彼の肩をポンと叩く。 「公判、楽しみにしてますよ。先生…」 「……ッ!」  返す言葉を思いつく余裕もない真嗣に背を向け、松下は病室を去ろうと踵を返した瞬間、松下さんと、藤次に呼び止められ振り返ると、彼は変わらぬ正気の抜けた表情(かお)で静かに口を開く。 「解剖、出来るだけ綺麗にやってくれる医者を頼むな。少しでも綺麗な姿のまま、天国の息子に会わせてやりたいんや。宜しゅう…」  その言葉に、松下はハンチング帽を深く被り、無言で病室を後にした。  それから暫くして、京都地元紙は勿論、全国区の新聞の一面に、センセーショナルな文面が踊る。 『動機は不倫?!京都地方検察庁現職検察官が、妻を心中に見せかけ殺害!!』 と…  
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