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第13話
「…綺麗。」
ーーそれは、嵐山で互いの想いを再確認した夜。
自分が差し出した華麗な牡丹の蒔絵が施された髪飾りをうっとり見つめる妻に、藤次は脚を絡ませて抱き寄せ、寝乱れたその髪を掻き上げ挿す。
「やる。久しぶりの、プレゼントや。」
「そんな…記念日でも何でもないのに、貰えない。」
言って戸惑う絢音に優しく口付けて、藤次はか細い彼女の身体を抱き締める。
「そう言う奥ゆかしいとこ、ホンマ変わらんな。そやし、ワシはお前の為なら何でもしたいんや。お前が喜ぶ顔見たいから、思いつく限りのこと、したいんや。せやから、受け取って?」
「そんな事言って、一体今まで幾ら私に使ったの?付き合ってた時から思ってたけど、私はそんなにお金かけられる程、価値のある女じゃないわ。」
そうして涙ぐむものだから、藤次は眉を下げて彼女の頭を撫でる。
「そないな事言うなや。そやし、お前は俺に、色んなモンくれてんやで?ただそれが、目ぇに見えてないだけや。」
「ウソよ。慰めなんていらないわ…」
言ってグスグスと泣き出す絢音に、藤次はいよいよ困ったとため息をつき、身体を翻し覆い被さる。
「藤次さん…」
月の淡い光に照らされ、キラリと光る涙を一筋掬い、恥じらう絢音を優しく見つめて、そっと細い頸に口付け、牡丹の花弁の様な花を咲かせて囁く。
「この広い世界で、俺を見つけてくれた、愛してくれた。それがお前がくれた一番の…プレゼントや。おおきに…愛してる。」
「…そんなの…私だって同じよ。見つけてくれて、ありがとう…愛してるわ。藤次さん…」
そうして強く抱き合って、身体を重ねて、自分の下で悶える愛しい人の髪に咲く牡丹を見つめながら、彼女の胎内に自らを放ち、満ち足りた想いを胸に眠りについた夜から、もうどれだけの月日が巡っただろう…
夜の冷たい留置所の簡易ベッドに座り、持ち込みの許された…形見となった牡丹の髪飾りを眺めながら、藤次はポツリと呟いた。
「あかんな。生きてと言われたから何とか生きとるけど、やっぱり俺…お前のおらん世界、辛いわ…」
人々も草木も眠る闇夜の静寂は、孤独な心を一層打ちのめし、眠って逃げたいのに眠れなくて、毎夜愛しい絢音を思い涙する日々を重ねる内に、藤次の心身は目で見て分かるほどに、窶れ衰えて行った…
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