32人が本棚に入れています
本棚に追加
「…では、証人笹井稔氏に伺います。貴方は、平成◯年◯月×日…つまり被告人が京極佐保子さんと嵐山に行く前日に、京都地方検察官庁庁内にて、2人が棗絢音氏殺害を目論んでいるところを目撃したのですよね?」
「なっ?!?!」
藤司の口から発せられた、おおよそ身に覚えのない事態に、藤次と佐保子は目を丸くする。
それを図星を突かれたと確信したのか、藤司は自信満々に稔に聞き返す。
「さあ証人、私に話した通りのことを仰って下さい!!」
これで絢音の無念を晴らせる。
そう信じて疑わなかった藤司だったが、何故か稔は俯き黙り込み、いつまで経っても口を開かないので、藤司は眉を顰める。
「証人、どうしました?早く続きを」
「しました。」
「!?」
不意にポツンと呟いた稔に、藤司は今度こそと表情を明るくしたが、出て来た言葉は意外なものだった。
「俺、佐保子と棗検事…被告人が嵐山で密会していた日に、被害者…棗絢音さんを殺害しようと、自宅を訪れました。」
「なっ?!!?」
騒つく法廷と、虚を突かれ狼狽する藤司を他所に、稔は続ける。
「あの女が、絢音さんがちゃんと検事を捕まえてれば、佐保子は俺のものだったんだ!!あの女が悪いんだ!!そう思ったら居ても立っても居られなくて、ホームセンターで果物ナイフを買って、殺意を以って彼女の元を訪れました。」
「ち、ちょっと待ちなさい証人!私に話した、被告人と京極佐保子氏の密談は」
「そんなのでっち上げだ!俺はただ、法廷に立ちたかっただけだ!!あの人に、絢音さんにかけられた情けを、捨てるために…」
言って、稔は両手首を合わせて、裁判長の前に差し出す。
「棗絢音さんを殺害しようとしたのは、棗検事はともかく、京極佐保子さんは関係ありません。僕が、殺意を以って棗絢音さんを襲いました。彼女が居合わせた警官に事件にして欲しくないと言い含めた為、今までのうのうと生きてましたが、もう、誰かに情けをかけられるのは、哀れみを向けられるのはたくさんス。自分の不始末は、自分で処理します。」
「ふざけるなや!!!仮にも検察関係者が偽証やと?!?!そんなん許される」
「検察官、静粛に。」
「っ!!」
言葉を詰まらせる藤司を一瞥して、裁判長は一息ついたのち口を開く。
「一時休廷とします。検察官は以後、然るべき裏付けの取れた証拠を提示するように。」
*
「クソがっ!!!」
ガンとパイプ椅子を蹴り倒し、藤司は憤慨した表情で頭を掻きむしる。
「まんまといっぱい食わされたわ!アンタの部下やから信頼した言うのに、どう責任取る気や?!!なあ!!」
言って、藤司は背後にいる賢太郎を睨め付けるが、彼は怯むつもりもなく冷静な口調で返す。
「ですが、証人は取調べの際から若干整合性に欠ける発言をしておりましたし、私も貴方にそれを指摘しました。ですが最終的に判断されたのは相原検事、貴方ではないですか。」
「分かっとったならもっと突っ込めや!!それとも何か?!こうなる事見越して知らん顔したんか?せやろな!ワシが恥かいて尻尾巻いて東京帰れば、アンタが代わりに裁判立って、親友救ってやれるもんな!!」
「………」
「知らん思うてたか?アンタもあの弁護士も、オッサンの友達なんにゃろ?せやからアンタも、オッサンの罪を少しでも軽うしたい思てんにゃろ?!おあいにく様やったな!ワシは意地でもアンタを法廷に出さん!!何が何でも殺人罪で死刑にする!!それだけや!!」
そう藤司ががなった瞬間だった。
賢太郎の拳が、藤司の頬を思い切り打ったのは…
「な、楢山検事!?」
狼狽し間に入ろうとした山際を押し除け、賢太郎は睨め付ける藤司を睨み返し、胸ぐらを掴む。
「いい加減にしろ。このクソガキ。どれだけ法廷に私情を持ち込めば気が済むんだ。」
「なっ?!」
静かだが怒りのこもった賢太郎の言葉に、藤司は僅かにたじろぐ。
「確かに、私は棗藤次と谷原真嗣とは同期の仲です。しかしだからと言って、責めを甘くすることも、況してや貴方のように私怨に塗れた態度で、神聖な法廷に立つつもりはありません。彼が…棗藤次が、本当に殺意を以って妻を…絢音さんを殺したなら、相応の証拠と事実に基づき、それに見合った刑罰を求刑します。たとえそれが、死刑であってもです。」
「あ………」
まるで憑き物の落ちたかのようにその場に頽れていく藤司を見下ろしながら、賢太郎は時計を見やる。
「取り敢えず、今日の所は引き下がりましょう。弁護側も手札はこれ以上出してこないでしょうし。山際事務官、裁判長にそうお伝え願えますか?」
「あ、は、はい。分かりました。」
言って部屋を出ていく山際を見送りながら、身支度を整え始める賢太郎に、藤司はポツリと溢す。
「何もかも、絢音が初めてやったんや…せやから、ワシ…」
堪えきれず嗚咽混じりに呟いた藤司の言葉に、賢太郎は表情を崩すことなく口を開く。
「それは彼…棗藤次も、同じです。」
最初のコメントを投稿しよう!