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「ん…」
朝の光と仄かな煙草の香りで、絢音は目覚める。
寝乱れた髪の毛を手櫛で直して布団から起き上がると、枕元にコップに活けられた秋桜が一輪揺れていて、絢音は目を細める。
「綺麗…」
思わず髪を結い簪のように挿して、脱ぎ捨てていた浴衣を着て鏡台で満足そうに笑みを浮かべていると。
「なんや、えろう可愛い事しとんやん。絢音…」
「あ…」
不意に聞こえた声に瞬き振り返ると、自分を優しく見つめる藤次がいて、絢音は頬を赤る。
「や、やだ!いつから見て…」
絢音が何か言うより早く強く抱きしめ、狼狽する耳元で、藤次は優しく囁く。
「昨夜は、最高やった。言葉にするんも勿体無いくらい、気持ちよかった。こんなん満たされたんは、初めてや…」
「藤次さん…」
「絢音。好きや。何よりも、誰よりも、俺はお前が好きや。今回のことで、より一層…気持ち確認できた。愛してる…」
「そんな、何でそんなに、私なんかを愛してくれるの?私なんて、あなたに求めてばかりで、もらってばっかりで、何にもしてあげてないのに…」
「そないなことない。お前は俺に、人を愛することの喜び、幸せ、辛さ、色々くれた。その上こんな俺を、亭主に選んでくれた上、子供までくれた。充分や…せやから…」
「あ…」
とさっと布団に押し倒され、合わせに手を入れられ、絢音は赤面する。
「と、藤次さん…チェックアウトの用意。それに朝ごはん…」
「そんなんどうでもええ。また藤太に取られてまう前に、もっかい俺の女になって?可愛い絢音…」
「だ、だめっ!時間……あっ!!」
…そうしてこうして、結局チェックアウトギリギリまで睦合い、絢音は真っ赤なキスマークが複数ついた首筋をスカーフで隠しながら、満ち足りた顔で自分の肩を抱きしめる藤次をじとりと睨みながら、ホテルを後にしたのでした。
*
「きゃーーー!!」
場所は戻り、京都郊外の真嗣のマンション。
扉を開けると、真嗣と…彼の腕の中で上機嫌な藤太が出迎える。
「なんや、えろう仲良うなってんやん。ホラこれ、リクエストの甘口高級ワインと、カナベルの特製マカロン。」
「わあ!ちゃんと覚えててくれてたんだ!優しいパパだねー!ほーら!」
「きゃーうぅ〜」
差し出された、品物の入ったショッパーと藤太を交換して、真嗣は藤次に耳打ちする。
「で?楽しめたの?絢音さんと…『色々』?」
「阿呆。何野暮なこと聞くねん。そっちこそ、赤ん坊見て昔の思い出で燃え上がったんちゃうんかい?」
「わあ下世話。…まあ、ちょーっといい雰囲気にはなったけどね?」
「なんやねん。勿体ぶった言い方しよって。教えろや。」
「いーやーだ。藤次が絢音さんとの事話すなら教えるけど?」
「何やねんそれ。ほんならええわ。ぶっちゃけお前の家庭事情なんて、ワシ興味ないし。」
「なんだよその言い方、そんなに話したくないくらい楽しかったの?」
「まあのう、ぼちぼちとでも言うとくわ。それより姐さんは?」
言って、藤次は真嗣の肩越しに、玄関から覗く部屋を覗き込んだが、人の気配が感じられないので小首を捻る。
「…なんね。もう、帰ったんか?」
心配そうに自分を見つめる親友に、真嗣はニコリと笑う。
「まあ、ね。立場上と言うか…書類の上じゃ僕らは他人だから。ま、何とか頑張ってみるよ。嘉代子さん、僕の事満更嫌いでもなさそうだし…」
「はあ…」
こちらもこちらで何か変化があったようだが、敢えてこれ以上突っ込むのも野暮だし、車で待たせている絢音も気になったので、藤次は真嗣に別れを告げ、彼のマンションを後にした。
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