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月明かりが照らす近所の公園。
緑が多く、動脈のように公園の外側をぐるりと走る遊歩道を一周するには、大人の足でも三十分はかかるだろう。
今夜は満月。一段と夜は明るい。
私は颯爽とした足取りで、緑に囲まれた遊歩道を歩く。
夜は私の時間。
早速種明かしをすると、私は現代に生きる吸血鬼だ。
だから昼間は外に出られない。
今夜のように月の明るい夜は目が眩しいが、それは平気。
私の血筋は、純血を保つため、代々吸血鬼同士の婚姻を繰り返してきた。
私にも、幼い頃に決められて、まだ一度も顔を合わせたことのない許嫁がいる。
結婚なんてくだらない。
人生も。
所詮私は、血を絶やさないようにするためだけの存在で、人生に楽しみなんて一つもない。
行き先に落ちていた小石を蹴る。僅かな憎しみを込めて。
「いてっ」
思わぬ方向に飛んでいった小石は、歩道を挟む芝生の中に落ちた。と思ったら、声を上げた。
「え?」
驚いて、目を見開く。
闇夜に溶ける真っ黒なジャージに、黒い髪の男の人の青白い顔だけが、ぽかんと芝生の上に浮かんだ。
(夜目は利くのに、全然気付かなかった)
少し長くなった芝生に体育座りした男が、こちらをキロリと睨んだ。途端、ハッとした顔をする。
「!」
その顔の理由は分かっている。私の瞳の色だ。血のように赤いこの瞳は、明らかに人間のものではないと誰でも分かるだろう。
この公園は人気のスポットだったけど、少し前に悲惨な事件があってからというもの、特に夜は誰も立ち寄らない。だからカラコンを入れずにいても問題なかったのに。
「……あんた、この辺の人?」
「……!?」
奇声を上げて逃げられると思っていた、私の予想は外れた。
しばし沈黙する。
――いやいやいや、他に言うことあるでしょう?
何っ!? 化け物っ!?
とか。
せめて、威勢がよければ
お前か、石をぶつけやがったのは!
とか、じゃない? 普通。
まさか、いきなりそんな普通なことを聞かれるとは思わなかったから、私はなかなか返すことが出来なかった。
そのうちに、男がさらに質問してきた。
「……人間じゃないよね?」
……普通のテンションで聞くことじゃないんだけど。
「……だったらどうなの?」
だから、極めて普通に返してやった。
「……別に? そうなのかなって思っただけ」
「……あっそ」
妙に落ち着いた会話をする。
――――なんか、変な感じ。
怯えるどころか、淡々と話す男の態度に戸惑う。
昼間外に出られない私に、当然ながら友達というものはいない。
カラコンをして、オンライン授業を受けるだけ。
そこですら、面白くもない上辺だけの会話と、教師の放つ訳の分からないジョークに、愛想笑いすらせずに真顔を保つ私に、友達なんて出来るはずがない。
私は無意識に、芝生に足を踏み入れていた。
何でそうしたかって?
そんなの自分でも分からない。
とすっと男の隣に、少し間を空けて腰掛ける。
「……一人になりたいから、ここに来たんだけど」
と言われても、今更すごすごと帰るわけにはいかない。
そんなのカッコ悪い。
「私も一緒。私の場所にいるあんたが悪い」
本当は、もう少し離れたところだけど。
「……横暴。だから石ぶつけたの? それか何? 俺を狙ってるの? 食っても美味くないよ、俺」
「……食わないわよ」
「血に飢えた野獣みたいな瞳ぇしてる癖に?」
「初対面の女性相手になかなか失礼ね。あんた。……私が怖くないの?」
純粋な疑問だったので聞いてみた。
「……怖くはない」
「……ふーん」
一旦会話が途切れた。
吹き抜ける夜風が気持ちいい。
何となく、今日はいい日だ、と思う。
「何で一人になりたいの?」
他人になんて興味はないはずなのに、質問が湧いて出てきた。
不思議だ。こんなのは初めて。
「全部、くだらないから」
「分かる」
ハッという声が聞こえて、隣を見ると、綺麗な笑顔が咲いていて、思わず息をするのを忘れてしまった。
「自分はそこに入ってるとは思わないんだ」
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