満月

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 数日経って、それでもまだ、未練がましく彼への想いを完全には断ち切れずにいる私は、いつもと変わらないつまらない日々を過ごしている。 (近頃、凄惨な事件が多いな)  ニュースを見ていて思う。昨日もまた大変な事件が起きたらしい。隣の県なので、比較的近くだ。  同族の中には、過激な一派も存在する。  人間の仕業に見せかけて、殺人を犯す者も。  自分の一族は、保存していた人間の血液を飲むだけで事足りる。それは長年のツテで病院などから回してもらっているものだ。  しかしそれでは物足りない連中もいるらしいのだ。 (もしかして、吸血鬼の仕業?)  もし仮にそうだとしても、自分にはどうすることも出来ない。  そういえば、と思い出す。  あの公園も、そういう事件の舞台だった。若い女が襲われた事件。  ふと思う。  彼が、もし一人でいる時に襲われたら。  嫌な考えが脳裏に()ぎる。  その日の夜は、躊躇いながらも公園へ行った。  いつもの場所に、彼はいなかった。  ほっとしたのか、残念だったのか、複雑な気持ちを抱えながら帰ろうと踵を返す。と、向こうから人の声が聞こえることに気付く。男女の話し声だ。段々と近づいてくる。  思わず慌てて木の陰に身を隠した。 「ほんと、君私のタイプ。ねぇ、私の家この辺なんだ。今から来ない?」 「いいよ」 「ああでも我慢出来ないかも。ちょっとだけ味見していい?」 「うん」 (なんちゅう会話……)  心底げんなりしながらも、そっとチラ見してしまう。  そして愕然とした。  明るい茶髪ロングヘアの、妙に薄着で派手な格好をした軽そうな見た目の女とイチャラブしていたのは、紛れもない“彼”だったから。  思わず声が出そうになって、慌てて自らの口を手で塞ぐ。 (最悪……)  自分のツキのなさにはほとほと嫌気が差す。  彼と女が立ち止まる。  女が彼の首に手を回す。  そして―――――――― 「……っ」  彼の首筋に、ガブリ、と……って、え!?!? 「!!」  私は声も出せずに、目を見開く。  女は何をしているのか。    首筋にキス……ではなさそう。  彼は苦悶の表情だ。 「や、やめて!!」  勢いよく木の陰から飛び出した。 「!」  彼と女が一斉にこちらを見る。  女が彼の首から顔を離し、ペロリと上唇の端を舐めながら、細めた鋭い瞳を向けてくる。  血のように、赤い瞳。 「なぁにぃ? お嬢さん。覗き見? あんまりいい趣味じゃないわよ〜?」   と言いながら、しっかりと彼の襟元を捕まえたままこちらを見据える。 「まさかあたしの獲物を狙ってるの? そうはいかないわよ」  女はカラコンをつけていない私を、すぐに同族と気付いたらしい。 「違うわよ! こんなことして、ルールを知らないの!?」 「はぁ? ルールぅ? 何のこと〜?」 「“人間を襲わない”というルール!」  それを聞いて、あははっと女は下品に顔を歪めて笑う。  「生憎、あたしそんないい育ちじゃないからぁ。獲物は自分で取らないと、ごちそうにありつけないの。世間知らずで乳臭い小娘とは違うの……」  女がそこまで話したところで、ガシリと大きな手が女の頭を掴んだ。 「え?」  そこからの仕事が素早すぎて、私は唖然としてしまった。  彼は、淡々と暴れる女を押さえつけ、後ろ手に手首を縛った。女は奇声を上げているが、なす術なく捕らえられる。 「粗暴な“低級”が増えて困る」 「あ、んた……何者……」  女を捕らえた“彼”は、いつもどおり涼しい顔で答えた。いや、格好がキマっているから、いつもより素敵だ。 「満月(みつき)」 「え?」 「(すが) 満月(みつき)。俺の名前」  私は思い出した。  それは、一度も顔を合わせたことのない、私の許嫁の名前――――。  
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