満月

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 どうやら彼は、近頃活発に動いている“低級”と呼ばれる混血の吸血鬼たちの情報を聞いては、それを取り締まる仕事をしているらしい。  先日クラブ帰りに腕を組んでいた女もそう。  混血たちは、人間の血を欲する時だけ瞳を赤くさせるのだという。  純血の吸血鬼と違い、ツテを持たない彼らは、闇雲に人を襲う危険生物。  首から下げていた十字架は、自身の吸血鬼の気配を消すのに有効なのだそうだ。    私は、まるで何も知らない子供だった。 「私のこと、最初から知ってたの?」 「いや? 全然。いい場所見つけたから陣取ってたら強そうなヤツが来て、ヤバいかなって思ったら、意外とフレンドリーだった」 「強そうって、私のこと?」 「他に誰がいんの?」  ほんと、失礼なヤツ。  “強そう”なんて言われて、嬉しがる女がいる? 「怪我。……治ったのね」    女に噛まれた首筋の傷は、綺麗に跡形もなくなっている。 「わざわざ言うこと? 当たり前でしょ」 「……心配してるのに。大怪我することもあるんでしょ? 怪我する前に捕まえればいいじゃない」 「現行犯じゃないと捕まえられない」  あ。なるほど。  仕事もなかなか大変だと思った。 「心配してくれてありがと」  不意打ちな一言にドキッとする。    さらに、こちらに向けたいたずらな微笑に、完全に私の脳はやられた。 「昨日、何でいたの?」 「っえ?」  昨日?  彼が、ここで女を捕まえた時。  何て言い訳しようかと頭を悩ませる私の髪の毛を、彼の指がそっと撫でる。 「キレイな髪」  混乱する私をよそに、すっと手を離し、元の体勢に戻る彼。  見えない彼の心は、今夜も私を激しく揺さぶる。  冷たい夜風が私たちの黒髪を掬う。  偶然にも、今夜も満月。  出会った夜と同じように。  私は隣で体育座りをする、黒ジャージ姿の彼をじっと見る。  今までと一つ違うのは、彼の瞳も、私と同じ真紅であること。  運のない人生だと、ずっと思っていた。  でも今は違う。  私は、最高に幸せな女だったのだ。
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