宇佐見1

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宇佐見1

 宇佐見が、何故この仕事をしてるのかと聞かれたら、彼は、こう答える。 「人助けのためですよ。社会貢献です」  確かに、この夫婦は救われてた。宇佐見真吾によって。 「それで…ケントの様子は…」  夫は、八神聡一。中小企業の課長で、年齢は56。 「ええ、元気にしてますよ。引きこもってた頃が、嘘のみたいに」 「そうですか」  夫婦は、ほっとしている。妻は、真弓、54。近くのスーパーで、パートでレジをしている。もう、ベテランだ。  宇佐見の言葉には、何の根拠もないのに。やはり、人と言うのは、信じたいものを信じるのだろう。宇佐見は、そう思った。 「ただねえ、ご両親には、会いたくないそうで…」 「そうですか」  真弓の表情が、少し曇った。 「騙すようにして、家から出したから…」 「まあ、でも、親には甘えてしまいますから。却って、このまま、しばらくそっとしておいたら…。身内には、できない事もあります」 「なるほど。そうかもしれませんね」 「あの…それで…ケントは、もうゲームは?」 「ああ。すっかり、足を洗ったみたいですね。最後に、ボクとあるゲームをして。それで、満足したんじゃないかな」 「はあ…そうなんですか」  八神夫婦は、満足して帰って行った。 「あの人たち、満足したみたいですね。良かったですね」  "NPO法人らびっと"のスタッフ、雨宮が言った。宇佐見は、そこの代表だ。ちなみに、"らびっと"は、宇佐見の苗字と「ウサギ=弱者、弱者に寄り添う」というところから、名付けられた。と、宇佐見は言っている。 「だけど…連れて来た引きこもりの人達は、一体どこにいるんです?」 「山奥の施設。電波も届かない所だから、携帯もネットゲームもできない」 「へえ…」 「お前は、知らなくていいよ」 「でも、気になるから…。わざわざ、そこに施設を建てたんですか?」 「いや…随分昔だけど、開発計画があったらしい。保養施設だけ、何故か建ててしまったんだな。計画は頓挫した…。持ち主は困って…利用価値がないかから。ウチで買い取ってあげたわけだ」 「どうせ、格安なんでしょ」 「まあ。利用価値ゼロだからな。有効活用してやってるわけだ」 「ホントに、宇佐見さんは、商売上手ですね」 「商売って…人助けだから」 「またまた。宇佐見さん、結構黒いところ、あるでしょ」 「何言ってるんだ」  宇佐見は、少しむっとしている。 「あー、そう言えば、八神ケントが、最後にやったゲームって、何なんですか? ネットゲームじゃないんなら…ボードゲームとか?」 「いや、もっと、エキサイティングなやつだよ」 「ん? じゃあ、サバイバルゲームとか?」 「当たらずと言えど、遠からずだな」 「えっ?」  その時、電話が鳴った。すぐに、雨宮が電話を取る。 「はい。ええ、大丈夫です。ご相談に乗りますよ。それで、息子さんは何歳で、何年間引きこもって…?」  忙しくなりそうだ。宇佐見は、満足を覚えていた。    
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