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笑ってる。嬉しそうに笑ってやがる。
「冤罪です」
「虚偽の証言は犯罪だぞ」
「……黙秘権を行使します」
「だから、それはもうほぼ認めてるようなもんだって」
「……」
「ほら、認めとけ。田舎のかぁちゃんが泣いてるぞ」
「私は東京出身です」
「そういう意味じゃねぇ」
ひょっとこ顔のまま見つめられるのがツライと睨んでいると、少しだけ頬を包む手の力が緩んだ。
「嫉妬するのが辛いって言うのなら、しなくて済むように甘やかす。佐倉がいいなら付き合ってることも隠さないし、会社とか立場とか関係なくベタベタに可愛がる」
「……」
「元カノには二度と会わないし連絡も取らない。むしろ向こうも取りたくないだろうし」
「わかんないじゃん。水瀬だもん。しかも高校の頃からの付き合いだって……」
「俺がお前に惚れたから、他に好きな人が出来たから別れてくれって言ったんだ。入社してからはあんまり会ってもいなかったし」
「え?!」
そんな。だって、水瀬が電話で別れ話してたのって、確か入社一年目の頃で……。
「俺が水瀬ハウスの御曹司だって就活の頃に知ったらしくて。目の色変えたのに気付いてから、うまく付き合っていける自信はなかったんだ」
爽くんも言ってたな。自分の周りには『御曹司』ってことに価値を見出している子ばっかりだって。
ずっと付き合ってた彼女すら、その価値だけに囚われてしまったのを見た水瀬はどれだけ傷付いたんだろう。
「そしたら、入社式で佐倉に会った。周りが俺の名字を意識する中、何も考えてなさそうに話しかけてきて」
「そ、その時の事は忘れてっ!」
「はは! 無理だよ。たぶん、その時に惚れたんだ」
そんな馬鹿な。あの黒歴史のどこに惚れる要素があると言うのか。
「わかるなー、その感覚」
唐突にログインしてきた声に驚く。
振り返ると可笑しそうな顔をしてこちらを見ている爽くんと目が合った。
「莉子先輩、俺がいること絶対忘れてましたよね。自分が仕事中だって止めたくせに」
「や、あの、ごめん……」
「おい、爽」
「だって蓮兄。俺が先に先輩と話してたんだよ?それを蓮兄が邪魔したから」
そうだ。車の中で話してたのが途中になってしまったんだ。本当にすっかり忘れてしまった自分にも驚くし、爽くんにも申し訳ない。
「ねぇ莉子先輩。さっきの話の続き。しばらく、好きでいていいですか?」
きっとキッパリ断ろうとしていた私の気持ちなんて爽くんにはお見通しで、話の続きのタイミングを図ってくれていたんだろう。
それが果たして今かどうかというのは、後ろにいる水瀬の顔を見なくても分かる気はするけれど。
初恋だと、そう告げてくれた爽くん。それが嘘だとは思わない。きっと爽くんは本気で思ってくれているってわかってる。
でもきっと、『御曹司』に囚われずにちゃんと彼を見てくれる子に出会っていないだけ。簡単に自分に靡かなかった私に執着してる部分もあると思うから。
「まぁ。爽くんの気持ちに関しては私がとやかく言えないけど」
「おい」
後ろから鋭いツッコミが入るけど、今は無視を決め込むことにする。
「でも私なんかに執着しなくても、もっと可愛くていい子が見つかるよ」
「そうかな」
「そうだよ。みんながみんな爽くんを好きになると思ったら大間違いだよ」
「……ヒドイ」
「御曹司としてじゃない爽くんを見てくれる子も絶対いる。ちゃんと顔も身体も好みのね」
「あ、莉子先輩そこ気にしてました?」
「失礼な奴だなとは思ったよ」
「あはは! やっぱり莉子先輩面白くて好きです」
会社の駐車場に爽くんの大きな笑い声が響いた。
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