溺愛開始

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溺愛開始

目を覚ますと、見慣れない天井と自分のものではないシーツの色と肌触り。ここがどこだかわからずに一瞬怯む。 カーテンの開けられた窓から差し込む光。抜けるような秋晴れの空が眩しい。 朝がきたのだとぼんやりとした頭で理解し、それと当時に昨夜のことも頭の中にまざまざと蘇る。 名前を呼ばれながら全身にキスを受けたこと。私を見つめる甘すぎる視線。耳が蕩けそうになるほど繰り返し『可愛い』と鼓膜を震わせる甘く響く声。 その壮絶な甘さとは正反対に容赦なく与えられる快感の激しさに、何度も『もう無理……』だと涙声で訴えたこと。 それでも許されず『散々焦らされたから、そんなすぐ終わらせてやれない』と恐ろしい宣言をされた。 縫い付けられた手で必死にシーツを掴み、全身が溶けてなくなってしまうのではないかと思う程何度も高みに上らされ、半分気絶するように眠りに落ちたんだ。 朝からなんて破廉恥なことを思い出しているのかとごろごろ転がって身悶える。 そして少しだけ冷静になると頭を起こし、部屋をぐるりと見回した。 昨日は電気も付けず、明かりといえば廊下の奥のリビングから微かに漏れてくる照明だけで、室内の様子なんか目に付かなかった。 ベッド以外にはすぐ側に小さなサイドテーブル。間接照明と観葉植物が置いてある程度で、物は少ない。真向かいに32インチほどの壁掛けテレビと時計が設置されている。 時刻は午前九時を過ぎたところ。一体どれだけ眠っていたんだろう。 隣に目を向けると、瞳を閉じていてもイケメンだと明確に分かる蓮がこちらを向いて眠っていた。 昨夜の甘く蕩けるような視線も、余裕の無さそうな獰猛さも鳴りを潜め、ただ静かに寝息を立てているのが作り物のように美しい。 「王子のくせにスリーピングビューティーて。贅沢な男だな。一人二役か」 いつもなら心に留める呟きも、誰も聞いていないのなら声に出してしまえと油断したのがいけなかった。 見つめていた瞳がパチっと開き、堪えきれないように笑った。 「ぎゃ!お、起きて……っ」 「お前って……初めて二人で迎えた朝の第一声がそれかよ」 くっくっと喉を鳴らしながら上半身を起こし、私の頭をくしゃくしゃに撫で回す。 よく見ると、蓮に借りた大きめのTシャツ一枚の私に対し、蓮はすでに身支度を終えているのか白いパーカーを着ている。 私の素足に当たるボトムの感触も、おそらくデニムだと思われる。 「おはよう、莉子」 「ずっ、ズルい! 自分だけ着替えてる!」 「コンシェルジュに頼んでたもの受け取ったんだよ」 ほら、と大きな袋を渡される。 中を見ればトラベルセットのようなスキンケア一式に歯ブラシ、着替えにベージュのパーカーワンピースにリブパンツ。ご丁寧に靴下とスニーカーまで入っている。 中身が見えないよう紙袋に入れられているのは、おそらく下着類だろうと思われた。 さらに、肌荒れ対策に小さい瓶の美容ドリンクまで。 きっとこれを買いに走ってくれたのは女性のコンシェルジュだろうが、細やかな気配りに頭が下がると当時に気恥ずかしくなった。 「シャワー使うか?」 「……お借りします」 昨夜は結局お風呂に入ることも夕食を食べることもなく寝てしまった。 ベッドから起き上がることすら出来ず、パジャマ代わりのTシャツを蓮に着させてもらうと、極度の緊張と何度も身体を繋いだ疲労感からすぐに眠りに落ちた。 メイクすら落としていない。 早速バスルームに行きたいところだけど、下着すらつけていない状態のTシャツ一枚で蓮の前を歩くのは何とも心もとない。 というか、私の昨日着てた服は?! ベッドの周りを見てもそれらしきものは見当たらない。 もぞもぞしている私の心の声を読んだように、蓮が立ち上がって寝室の扉に歩きながら話してくれる。 「莉子の服はそれ持ってきてくれたコンシェルジュにランドリーサービスに出してもらった。今日の夕方には持ってきてくれる。風呂は出て斜め左前のドア。タオル出しとくから好きに使って」 「恥ずかしがってんのも可愛いけど、その格好でうろうろされたら襲わない自信ねーわ」とのたまいながら寝室を出ていった蓮に「ありがと」と最後の一言はスルーして聞こえたかわからない程小さな声でお礼を言うと、大きすぎるベッドから下りてバスルームへ向かった。 気怠い身体にムチを打ち、こちらも大きすぎる浴室でメイクを落としてシャワーを浴びた。 コンシェルジュさんが買ってきてくれた下着と、スエット地のパーカーワンピースにブラウンのリブパンツを有り難く着させてもらい、小さな瓶の蓋を開け中身を一気に煽った。 スキンケアセットで肌を整えてから、出してあったドライヤーで髪を乾してリビングへ向かう。 「お風呂、ありがと」 ソファに座りスマホを見ていた蓮が私に振り向き、数秒見つめてから顔を顰めた。 「え……、莉子?」 はい? 莉子ですけど。それ以外に誰が?
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