溺愛開始

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「なに、すっぴんだと別人でわかりませんって?すみませんね、メイクで盛ってて」 買ってきてもらった中にスキンケアセットは入っていたものの、メイク道具は一切なかった。 もちろん自分の鞄の中に、ある程度顔が作れるメイクポーチは入っているものの、洗面所に持っていかなかったのでまだノーメイクのままリビングに来たのだ。 ぶすっと拗ねて口を尖らせる。 そりゃメイクも何もしないでその顔面の蓮には衝撃のビフォアフターでしょう。なんということでしょう。匠の技が光ってますよ。 「バカ、逆だ。なんですっぴんの方が可愛いんだよ」 「は?!」 「なんだろう、目かな。お前普段アイメイク、キツめにしてねぇ?」 「あー、まぁ」 確かに仕事用のメイクは童顔に見られないようにと、アイラインをしっかりめに書くのが癖になっている。 「オヤジにナメられない対策で……」 「絶対普通の方が可愛い」 「ひっ…! それ、さっきからのそれ、やめてくんない?」 言われ慣れない単語に嬉しさよりも恥ずかしさが先に立つ。 昨夜から私に隙あらば『可愛い』という言葉を投げつけてくる蓮にやめるようお願いする。 「なにが」 「……わかってるでしょ」 私が何を困惑しているのか、エスパー水瀬がわからないはずがない。 「その格好、ラフでいいな」 ベージュのパーカーワンピにブラウンのリブパンツは、秋らしく落ち着いた色合いのワントーンコーデになっていた。 自分では無難な色にしか手を出さないから、こういうオシャレな色の組み合わせは新鮮でくすぐったい。 「確かに。こういうカジュアルなの好きだから嬉しい。コンシェルジュさんってセンスいい人しかなれないね」 そこまで言って、この一式を頼んだ蓮が支払いをしているだろうことにやっと気が付いた。 「あ、ごめん! お金!いくらだった?」 「いいよ、別に」 「いやいや、そんなわけにいかないじゃん」 基礎化粧品に服に靴、さらにクリーニングまでお願いしたのならかなり掛かってしまったはずだ。 「いいから。もう『付き合ってもいない男』じゃないんだから奢られとけ。彼氏にならいいんだろ」 「か……っ」 彼氏って。そうか。蓮は私の彼氏なのか。 確かに以前飲みに行った時、『女に金なんか出させられない』という蓮に『付き合ってもいない人に奢られる理由がない』と私は言った。以来ずっと一緒に食事をするときは必ず割り勘にしてきた。 改めて言葉にされると恥ずかしさに顔が赤くなるのが分かる。 メイクをしていない今、いつも以上に顕著にそれを晒していると思うともういっそ爆発してしまいたい。 「はは、かーわいい」 「バルス!」 「人んち滅ぼすな」 ……溶ける。真夏に外で食べるソフトクリームばりに溶ける。朝から甘すぎる。 確かに『嫉妬するのが嫌』だと言った私に対し、蓮は『しなくて済むように甘やかす』と言った。『ベタベタに可愛がる』とも。 それは私を安心させるためだけに言った方便ではないと思ってはいたけれど。 考えてた『ベタベタに可愛がる』の度合いが段違いだったかもしれない。 無愛想とは言わないけれど、特別愛想が良いわけではない蓮だから、付き合い出した途端こんなに甘やかしてくるなんて想定外過ぎて太刀打ち出来ない。 「準備して飯食いに行こう。腹減っただろ」 「……誰かさんのせいでね」 「お望みならまたベッド行くけど」 「四十秒で支度してくる!」 リビングに置きっぱなしだった自分の大きな鞄からメイクポーチを取り出すと、逃げ出すように再びバスルームに駆け戻った。
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