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その翌週の土曜日。
蓮も私もようやく仕事が落ち着き、爽くんから貰ったチケットをありがたく使わせてもらうことにした。
今までは基本近場で出かけてばかりだったので電車移動だったけど、水族館が隣県で車の方が早いからと、初めて蓮の運転する車に乗ることになった。
「なんか新車のにおいがする」
「あぁ。莉子と付き合いだしてすぐ買って、オプションとか色々こだわってたら先月ようやく納車された」
「え、そうなの?」
家まで迎えに来てくれた蓮の車は、本人と同じくスタイリッシュな黒のセダン。
高級外車だったらどうしようかと思ったが、国産車でホッとしてしまった。それでもオプション云々で色々お高いんでしょうけども。
「言っとくけど、自分の金だから」
「え?」
「お前のことだから、いかにも跡取り息子っぽい車とか親に与えられてんの好きじゃないだろ」
さすがにエスパー水瀬は鋭い。
御曹司感はなるべく排除する方向でお願いしたい。
根っから庶民の私には、あの高級タワーマンションに行くのもいまだに慣れないのだ。
その上、車まで空が飛べそうな宇宙船っぽいやつだったりしたら、居たたまれなさに溶けてしまいそう。
「家賃がかかってないせいで余裕があるんだから、完全にスネかじってないかって言われりゃ微妙だけどな」
「まぁそこはハウスメーカーの御曹司だから。っていうか、なんで急に車買う気になったの?」
都内に住んでいれば、特に車が必要だと思う機会は少ない。
蓮が車好きだという話も聞いたことがなかったし、今まで持っていなかったのなら必要に迫られてという訳じゃなさそう。
何の気無しに聞いてみると、思ってもみなかった理由が返ってきた。
「……爽がお前助手席に乗せてんの、腹立ってたから」
――――え、まさかそれだけのために買ったの?
ここで御曹司感出してくる? 想定外なんだけど。
冗談だよね?と運転席の方を見やるが、車を発進させた蓮は私の視線に気付かないのか無視を決め込んでいるのか。
「仕事中の社用車だよ?」
「関係ねぇ」
「……拗ねてます?」
「黙秘」
「ふふ、それほぼ認めてるようなもんなんでしょ」
いつかの意趣返しでそう言えば、こちらを見ないまま全く痛くないデコピンを繰り出してきた。
「ふふっ、ソフトツッコミ罪」
ちょっとしたヤキモチがくすぐったいけどすごく嬉しい。
会えない時間に燻っていた寂しさが、この短時間で一気に解消されていく気がした。
途中、可愛らしい古民家風カフェに寄って軽くランチをとって水族館へと向かう。
係員のお姉さんにチケットを渡してパンフレットを貰いながらエントランスをくぐると、久しぶりなせいかテンションが上がった。
「かわうそ! かわうそ見たい!」
「かわうそ?」
「あの目のくりっとしたぬるぬる動く茶色い生き物が大好きなの」
特に小さいコツメカワウソがたまらない。調べたところ、最近三つ子の赤ちゃんが生まれたらしい。絶対見たい。
「……表現の仕方。ってか、まずはイルカとかペンギンが定番なのかと思ってた」
「え、なに言ってんの。水族館来たらまずはかわうそとカピバラでしょ!」
「特殊だわ」
ツッコミをいれながらも、パンフレットでかわうそと触れ合えるコーナーの場所を確認してくれている。
「え、そうかな。ダントツかわいいじゃん」
「まぁ可愛いけど。なんとなくお前に似てるし」
「ひっ」
だからやめてくれないかな! その隙あらばさりげなく甘いセリフぶっ込んでくるの。
可愛いだなんて言われ慣れなくて変な声出るし、私が照れて何も言えなくなるのをわかってて言ってくるんだからタチが悪い。
現に今も私の顔を見てニヤリと笑っている。
いつかやり返したいと思ってはいるものの、反撃の手段も浮かばない。
「チョコパフェ男め」
「なんて?」
「なんでも。蓮は? まずは何見たい?」
「オオグソクムシ」
「特殊だわ!」
やいやい言い合いながら館内を進んでいく。
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