番外編2.彼はココア男子

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「結構長く付き合ってたんですよね? それなのに、蓮の良いところが見た目と肩書しか思いつかないの?」 私の言葉が想定外だったのか、ムッとした表情で言い返してくる。 「あなただって蓮くんが大企業の御曹司だって知ってて付き合ってるんでしょ?」 「まぁ、会社の同期だし知ってたけど」 「それなら一緒じゃない。むしろ自分の勤めてる会社の御曹司狙うあたり、あなたの方がしたたかでしょ!」 どちらかといえば狙われてたのを必死に躱してたんだけど…と思い返していたら、反論するタイミングを失ってしまった。 「長く付き合ってたっていったって形だけ。デートは私がうるさいから連れてってくれただけで、行きたい場所も食べたいものも全部私から言いだしてばっか。サプライズをされたこともない。就活以降はほとんど会ってすらいなくて…。愛想もないし優しくもない。高価なプレゼントをもらうことだってなかった」 あぁ。もしかしたらこの子……。 「いる? 高価なプレゼントなんか」 「え?」 「話聞いてたら、それって全部蓮があなたを優先してくれてたってことじゃないの? 愛想もないし優しくもないっていうけど、わかりにくいだけで十分優しいよ。あなただってそれがわかってたから蓮と付き合ってたんじゃないの?」 少しだけ話して思ったことがある。 もしかしたらこの人はショックだったんじゃないかな。蓮に家のことを内緒にされていたことが。 「……欲しかったのは、高級なプレゼントなんかじゃなかったんでしょ」 きっと、わかりやすい形で蓮の気持ちが欲しかったんだ。 それだけちゃんと蓮のことが好きだった。 だからこそ、こんなに拗らせているんじゃないのかな。 なんて、嫉妬対象の元カノなんか庇う義理はないんだけどさ。 詳しくは知らないけど、友達に自慢したいって虚栄心があったり、御曹司と聞いて今までと態度を変えちゃったのはこの人なんだし。 そもそも就活で頼ろうなんて図々しすぎるでしょ。 当時どんだけ苦労して人気企業である水瀬ハウスの内定を貰ったと思ってんの。甘えてんじゃないですよこのばかちんがぁ! ……とは声に出して言わないけどさ、熱血先生じゃあるまいし。 でも蓮のことを悪く言われたままではいられなかった。 「ちゃんと優しい人だよ。良いところも数え切れないくらいある。御曹司って肩書なんか霞むくらい」 普段はわりとポーカーフェイスだし、人懐っこいタイプでもない。確かにわかりやすい優しさを全面に出す人ではない。 でも過保護なほど心配性で、仕事熱心で、こっちの話を真剣に聞いてくれて、ボケたら必ずツッコんでくれる。 決して冷たい人なんかじゃない。とってもあたたかい人。 「なんてったって、ココア男子だから」 「は? ココア男子?」 神妙に聞いていた蓮の元カノの顔に『意味がわからない』と書いてある。 きょとんした顔が可笑しくて笑いそうになっていると、飲み物を買ってきてくれた蓮が帰ってくるのが見えた。 「あ、戻ってきた」 「え!? あ、やば……っ」 急に慌てだした元カノは、「お互い会いたくはないし。余計なこと言わないでよね!」と早口で告げると、足早に去っていった。 私にはあれこれ言いたい放題だったのに、蓮には顔すら見せないのか。 捨てられたなんて思って引き摺ってるんなら、私に向けた感情の半分でもぶつければいいのに。失礼ながら、立つ鳥跡を濁さずってタイプでもなさそうだし。 なんか……悪い人じゃないんだろうけど、強烈な人だったな。別に実害があったわけじゃないからいいんだけど。 どっと疲れが押し寄せてきて、思わずため息が漏れたところで蓮が席に戻ってきた。 「お待たせ」 「おかえり。ありがと」 「なんか、誰かと話してた?」 買ってきてくれたドリンクの乗っているトレイをテーブルに置きながら蓮が訊ねてきた。 きっと遠くからでも私と彼女の姿が見えたんだろうけど、さすがに自分の学生時代の元カノだとは思わないか。 ホットココアを受け取りながら、正面に座った蓮をじっと見つめる。 「んー」 「なに。知り合い?」 「いや、うん、まぁ」 知り合いかと言われれば違うけど、じゃあ何で話してたんだって言われると答えづらい。 曖昧な態度に蓮の眉間にシワが寄る。 「……なに?」 「ううん、えっと『あなたは今幸せですか?』系の人だった」 「は? 宗教かなんかの勧誘?」 「いや、そんなんじゃないけど」 長く付き合っていた彼女がいたのも知ってたし、入社して私に好意を持ってくれて彼女に別れを切り出したことも蓮から聞いている。 以前、元カレに浮気をされたことが原因で、嫉妬に悩まされる恋愛はこりごりだと感じていた私は、いわゆるイケメンで御曹司の蓮が相手だなんてとんでもないと思っていた。 色んな女の子からのアプローチも多いだろうし、お見合いだって持ち込まれるかもしれないし、長く付き合ってた元カノと比べられるのだって嫌だった。 だけど、蓮は言ってくれた。 『嫉妬するのが辛いって言うのなら、しなくて済むように甘やかす。佐倉がいいなら付き合ってることも隠さないし、会社とか立場とか関係なくベタベタに可愛がる』 有言実行で、会社でも私との交際を隠さないし、休憩時間に顔を見に来てくれることもある。 付き合って数日で両親にも紹介してくれた。 ふたりで会っている時に時折見せる甘さは、私が勘弁してほしいと懇願したくなるほど。 いざ実際に元カノに会ってみると、面白くないとは思ったものの、意外なほど嫉妬に苦しくなることはなかった。
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