637人が本棚に入れています
本棚に追加
『あなたもそのうち飽きて捨てられるよ。残念だったね、せっかく優良物件を捕まえたのに』
彼女に言われた言葉は、以前の自分だったら傷ついていたと思う。
だからモテる男と付き合うのは嫌なんだと嘆いて、自分の気持ちから目を逸し続けていたに違いない。
実際私は長い間、そうして自分の気持ちに蓋をして鍵をかけ、心の奥底に仕舞い込んできた。
でも今は、自分でも笑ってしまうほど自信を持って彼女の言葉を否定することが出来る。
その理由は、間違いなく蓮が私を大事にしてくれているから。強烈な元カノに会ったこともわざわざ言わなくていいと本心から思えるほどに。
「うん、幸せだからだ」
「は?」
「ううん、こっちの話。蓮といられて幸せだなって思っただけ」
本当に改めてそう感じることが出来たから、私にしては珍しく素直な言葉が口をついた。
「……なに、急に」
ふうっとココアを冷ましながら上目遣いに蓮を見ると、コーヒーを飲む蓮の耳が赤いことに気がついた。
「照れてます?」
「冤罪だ」
「虚偽の証言は犯罪ですよ?」
「じゃあ黙秘」
「それほぼ認めてるようなものですね。それに証拠もあります」
「……証拠?」
「ふっふっふ。あなたの耳、真っ赤ですけど?」
いつもやられっぱなしだから、ここぞとばかりに反撃する。
真顔で視線逸らしたって無駄なんだからね。
たまには蓮もからかわれて恥ずかしさに悶絶でもするがいい。
「照れてますよね? かーわいい」
にやにやしながらいつもの蓮の言い方を真似て言い放ってやったことに満足してココアを飲む。
毎回毎回こっちばっかり照れさせられてからかわれるなんてたまったもんじゃない。
「へへっ。ちょっとは私の気持ちもわかった?」
自分でも元カノに言い負けなかったことでテンションが上がっていることは自覚していた。
さらに珍しい蓮の照れる姿なんて見たせいで、調子に乗ってしまった。
「蓮も照れることあるんだねぇ。ふふ、寒さのせいじゃないでしょ、そのお耳。無表情作ったってわかっちゃうんだからねっ。いひひっ、かわいいかわいい」
そう。私は調子に乗ってしまったのだ。
「……莉子」
「ん?」
「そういえば、聞いたことないなと思って」
「何を?」
「莉子の気持ちってやつ」
蓮が私をまっすぐに見つめたまま、口の端を上げてニヤリと笑う。
「付き合い出したときも、俺が伝えるばっかりで、莉子からちゃんと言葉で聞いたことない気がするなーって」
……なんか、いやな予感がする。蓮がこんな笑い方するときって。
「メッセージでは1回もらった気がするんだけどさ」
「うん」
「やっぱ直接言葉で言ってほしいし?」
「うん?」
「聞かせてくれる?なんで俺といられて幸せなのか」
「……っ」
笑ってる。めっちゃ嬉しそうに笑ってやがる……。
言えばいいんだ。もう実際付き合ってるんだし、とっくに一線だって越えた関係なわけで。
さらっと一言『蓮が好きだからだよ』って、なんてことない風に言えばいいんだ。
わかってる。わかってるんだけど……。
やっぱり恥ずかしいじゃん!
耳どころか顔全体が真っ赤になっていくのが自分でもわかる。
そんな私の思考回路はすべてお見通しなんだろう、蓮は勝ち誇った顔でこっちを見ていた。
照れさせてここぞとばかりに攻めていたら、あっさり攻守交代になってしまった。
まんまと反撃を食らったのが悔しくて「くそぅ、エスパー水瀬め」と苦し紛れに呟くと、堪えきれない笑いを零しながら、私に封筒を差し出した。
「なにこれ」
「ん? エスパー水瀬からのプレゼント」
私に?と視線で問うと、もちろんと言いたげに頷かれる。
特に誕生日でも記念日でもないんだけどな、と封筒を開けると、中にはここから見えている遊園地のペアチケットが入っていた。
「え、……ええっ?!」
驚いて顔を上げると、優しく微笑む蓮の笑顔。
「好きだろ、遊園地も。行きたくない?」
「行きたい、けど」
なんでわかったの?! たしかに水族館から見える楽しそうなジェットコースターに、いつかあっちも行きたいなとは思ったけども!
「明日も休みだし、ここに一泊して明日はそっちに行こう」
「えっ! いいの?!」
いつの間にチケット取ってたの? エスパー水瀬、恐るべし。
でも嬉しい。いつだって私の気持ちを考えて、言葉よりも先に行動に移してくれる。
この人が優しくなくて、誰が優しいというのだ。
心がぽかぽかとあったかくなっていく。やっぱりココア男子だ。
「もちろん。その代わり……」
――――聞かせてもらうから。質問の答え。
壮絶な色気を纏ったその視線に、今夜は言うまで眠れないんだろうと悟った。
ココア男子、どうやら甘く優しいだけじゃないらしい。
fin.
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
最初のコメントを投稿しよう!