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絽伊も支度をするためベッドから出た。軽くシャワーを済ませ、鏡の前に立つ。
癖のあるミディアムロングの黒髪を適当にまとめていると、女の子が下着姿で体をすり寄せてきた。
「こんな早くからなんの撮影?雑誌?」
「んー……なんだろ。俺も分かんない」
適当に答えて笑った。
絽伊の仕事はファッションモデルだ。
一応モデル業だけで生活は出来ているけれど、事務所の家賃手当や食事支給がなかったら、違うバイトもしなければキツイ、というレベルのモデル。
「ねぇ、今日も夜会えない?」
押しつけられた柔らかな胸の谷間に黒子が見える。
彼女の名前も職業も思い出せないけれど、この黒子がエロくていいなと思ったから、昨夜の相手に決めたことだけは思い出した。
クラブの蛍光色の中ではセクシーに映った黒子も、今はなんだかしらけて見える。
「ごめん。今日は予定あんだよね。また連絡する」
二度とないだろう“また”を残して、吉岡の到着連絡を待たずにホテルを出た。
近くのコンビニで水を買って、車の行き来がよく見える大通りに移動する。
水を半分ほど一気に飲むと、頭が少しすっきりした。
迎えを待つ間、ガードレールに寄りかかり、人が忙しなく行き交う街をぼんやりと眺める。
五月も中旬を過ぎ、天気のいい日は半袖で過ごせる程に暑い。冬が終わったと思っていたら、いつの間にか春も終わっていた。
絽伊が今のモデル事務所に入ったのも、一年前のちょうど今ぐらいの時期だった。
街で遊んでいたら声をかけられた。
それまでも、芸能関係のスカウトは数えきれないほどあったけれど、そういった世界には微塵も興味がなかったから全て断っていた。
けれどその日、絽伊は即決で事務所の契約書にサインをした。
当時の絽伊は定職も家も持っておらず、毎日フラフラと遊び歩いて、気が向いたら日銭を稼ぎ、適当に眠れる場所──その多くが、クラブやバーで知り合った女の子達の家やホテルなどだったが──を転々とする生活だった。
いい加減だるいなと思っていたところに、事務所に入れば家具付きの住居を格安で用意しますよ、という条件を提示され、渡りに船とばかりに飛びついたのだ。
その日寮付きのホストにスカウトされていたら、そっちに決めていたかもしれない。
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