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 そんないい加減な気持ちで始めたモデル業は、絽伊にとって金を稼ぐ手段の一つに過ぎなかった。  吉岡の営業努力のおかげか仕事はそこそこコンスタントに入ってくるけれど、なんのやる気も情熱も持てない。流れ作業のようにカメラの前に立つだけだ。  遅刻は、今月に入ってもう二回目だった。ラッキーで間に合ったものも合わせると、三回目。  ──いい加減、クビになるかもな。  他人事のように思った。  残りの水を飲み干したところで、ハザードを光らせ路肩に止まる社用車が見えた。    「体調が悪くて少し遅れるって連絡したから。現場に着いたら、まずしっかり頭下げて」  後部座席に乗り込んだ絽伊を、吉岡がバックミラー越しに見る。 「わかった」  シートに体を沈めながら目を閉じた。鈍い痛みがこめかみ辺りをジクジクと突く。 「遅刻は最悪だけど、しかも今日とか、本当にあり得ないくらい最悪だけど、もうやってしまったんだから仕方ない。仕事で挽回しよう」  いい加減にしろと怒鳴りたいだろうに、吉岡は嫌味を混ぜただけで、遅刻についての追及を終わらせた。  事務所に入った当初から、マネージャーとして絽伊に付いている吉岡の忍耐強さは相当だと思う。だからといって、期待に応えられる気もしないけれど。 「今日の撮影の内容はわかってるよね?」 「……『アルテ』でしょ」 「そう。十分知ってくれてるとは思うけど、一応そこの本見ておいて」  目線で後部座席のラックを示される。  一冊のファッション雑誌を取り出すと、表紙の男と目が合った。  軽く顎を上げ、冷ややかに見据えてくるその顔は、彫刻のように整っている。モノクロの写真相手なのに、目力の強さにドキリとした。  ──アルテ。絽伊と同じ事務所の先輩で、国内メンズモデルのトップを独走し続ける男。  世界中のビッグメゾンからコレクション指名され、昨年開催されたニューヨークのファッションウィークでは、最も多くランウェイを歩いたモデルとして話題になった。  そして今日、絽伊とペアで撮影をする相手でもある。  同じ事務所に所属していても、四大コレクションの常連モデルと、クビ一歩手前の新人では王と平民くらいの差がある。  いや、相手がアルテならば王と奴隷か。  ここまで身分差のある二人が組まされることなど普通はあり得ない。このペア撮影はかなりレアな案件だった。  もちろん、絽伊の隠れた実力が見出されての大抜擢、などという理由ではない。  簡単にいえば代役だ。
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