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 アルテの相手役に決まっていたモデルがバイク事故を起こし入院してしまい、今回の撮影テーマやターゲット層に合いそうで、フレッシュで、急なスケジュールにも対応できるモデル、という条件にマッチしたのが絽伊だったらしい。  スーパーモデル・アルテと初対面、初共演という日に、寝坊で遅刻。ラブホから出勤。  ……マジでクビかも。  首の後ろを揉みながら、雑誌をめくった。  ハイブランドに身を包み、様々なポーズや表情をみせるアルテの写真が続く。  衣装のブランドクレジットがあるだけで、インタビュー文などは何も無い。  最後のページにライターの文章が数行載っている。  『Arte(アルテ)。スペイン語でアートを意味するモデルネームだけが、現在公開されている彼のプロフィールの全てだ。年齢や国籍もシークレット。けれど、彼は名前だけで、その存在を十分完結させている。時代も国も越える美しさは、まさに芸術(アート)とよぶに相応しい。唯一無二の表現力で、世界中のカメラマンやデザイナーのミューズに君臨し、一挙一動が注目され、ソーシャルキングとしても名高い。現代の生きる芸術を美術館に飾るにとどめるのは、多くの人々が許さないだろう』  まるで崇拝に近い称賛の言葉に、冷めた気持ちで本を閉じた。  ──生きる芸術?……大袈裟。  確かに、様々な媒体で見るアルテは、かなり目を引く美形だけれど。  写真や映像はある程度、場合によってはかなりの修正・加工が入る。百年に一人の美女やら国宝級イケメンと騒がれていても、実際に会ったら大したことなかったという場合がほとんどだ。  きっと今日も、修正技術の高さに驚くんだろうなと絽伊は思っている。 「アルテは事務所内でもプロフ非公開だから。安易に色々聞いたり、しつこく話しかけたりしないように。連絡先の交換もナンパもNG」  吉岡の忠告に、絽伊は薄く笑う。 「しないよ。いくら綺麗でも、男は範囲外」 「男は、ね。確かに、君が女の子大好きなのは嫌というほど知ってるよ」  言外に絽伊の女癖の悪さを非難するマネージャーから逃げるように、窓の外に目をやった。 「とにかく、今日の撮影は絶対成功させたい。代役とはいえ、アルテとペアなんてキャリアのある人気モデルでも難しいんだ。今回いい仕事をすれば名前が売れて、業界内での需要も高まる。気合い入れていこう」 「うん」    まるで気のない絽伊の返事に、吉岡のため息が車内に落ちた。
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