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つぶやいた声に、彼の心の奥が少し見えた気がした。天才モデル。生きる芸術。そんな碧にも、ランウェイの煌めきが届かない夜があったのだろうか。安眠効果のあるお茶が必要になるような、暗くて長い夜が。
「だけど、寝るのは俺の部屋な」
碧が気持ちを切り替えるように息を吐き、絽伊の部屋を見渡した。
「セキュリティ的なこともあるけど、この部屋なんもないし。本もオーディオも加湿器も、……え、植物もない」
信じられないという顔をする。
無趣味で植物一つ愛でられないつまらない男だと言われたようで、絽伊は意味もなく焦る。
「あのでも……あ!筋トレグッズはありますよ。ほら、結構いっぱい」
唯一の趣味をアピールすべく、部屋の隅に置かれた筋トレに使う様々な器具を碧に披露した。
「……いや、だからなに?筋トレグッズが揃ってても、その他が不足しすぎだろ。何ドヤ顔で……――マジでいっぱいあるな……これ何?」
冷めた顔で器具を見下ろしていた碧が、その中の一つを手に取る。
「それはケトルベルっていう、まぁダンベルの一種です」
「これは?」
「プッシュアップバー。腕立ての時に使います」
「この、いっぱいあるヒモみたいなのは?」
「トレーニングチューブです」
「……トレーニングチューブ何本あんだよ」
「十三本、かな」
「ふ、ふふっ、充実しすぎでしょ」
碧が眉を下げて笑い、楽しそうにチューブを伸ばした。
碧の笑顔に、絽伊の頬も緩む。
「碧さん、……本当にいいんですか?」
「いいよ。添い寝代は、きっちり仕事で払ってもらう」
最後の確認にも、碧はからかうように目を細めた。
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