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スタジオに到着するなり、撮影準備のために控室に押し込まれた。
吉岡がスタッフ達に遅刻したことを謝罪し、絽伊も一緒に頭を下げたが、場の空気はしらっとしている。
絽伊の遅刻理由が『体調不良』なんて、誰も信じていない。
絽伊の悪癖は、業界内でもちらほら知れ渡っているらしい。
いつも違う女の子をはべらせて、毎晩遊びまくっているヤリチン。
自分はそんなふうに思われているのだと、偶然聞いてしまったスタッフ達のお喋りで知った。
スタイリストやヘアメイクが絽伊を囲み、急ピッチでモデル・ロイを作っていく。アルテは先にソロの撮影を始めているということだった。
「ちょっと挨拶行ってくる。絽伊君はもう一回これ見ておいて」
吉岡に今日の撮影資料を渡される。事前に自分用をもらっていたけれど、まだ一度も目を通していなかった。
今日の撮影テーマは『キッチュスタイル』らしい。資料には、『キッチュスタイル:低俗で悪趣味で魅力的』という説明がある。
低俗で悪趣味なのに魅力的。全然意味が分からない。
それでも、絽伊はただ用意された服を着て、カメラマンの指示に従えばいい。テーマの意味なんて分からなくても問題ない。
「あー、やっぱ見えちゃうな。ユキちゃん、ちょっとコレ隠せる?」
衣装を合わせていたスタイリストがメイクスタッフを呼んで、絽伊の鎖骨の少し下あたりを指差した。
鏡の中の自分のそこには、内出血の痕があった。
今初めて気づいた昨夜の名残りに、絽伊は胸の内だけで溜息をついた。
以前、同じようにキスマークを付けて撮影に向かい、売れっ子のメイクアップアーティストに「プロ意識低いね」と言われたことがある。そのメイクとは、その後一緒に仕事をさせてもらえていない。
「ちょうどアクセとか、シャツの襟が当たるとこなんだよね」
「コンシーラーだと擦れちゃうか。ファンデテープの方がいいね」
円形の肌色テープが貼られ、キスマークが綺麗に隠れた。かなり近くで見ないとテープの存在もわからない。
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