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「はようございます」
「おは、……え、なんでそんなジム帰りみたいな感じなの」
額の汗をタオルで拭いながら事務所に入ると、吉岡が慌てて駆け寄ってくる。
「マジでジム帰りだから」
Tシャツの裾をハタハタと揺らし、喉を鳴らしスポーツドリンクを飲んだ。
家を早く出た分、事務所内に併設されているトレーニングジムで、軽く筋トレやランニングをしていた。
身体を動かすことは、絽伊の唯一の趣味といえるかもしれない。健康を気にしてとか体型作りとかではなく、頭も心もスッキリするから単純に好きだ。
「今日はちょっと改まった話もあるし、社長も来るって言ったろ。なのにそんな格好で」
「……でもクビ切る時に、格好なんてどうでもいいでしょ」
「クビ?なんの話?クビなんて切らないよ。それどころか」
珍しく勢い込んで喋る吉岡を、扉の開く音が遮った。
「お、もう揃ってたのか」
にこやかに笑いながら部屋に現れたのは、事務所の代表、七緒 裕樹だった。
「社長、お疲れ様です」
「お疲れさまです」
吉岡と絽伊が頭を下げると、七緒が「お疲れ」と手を上げた。シャツの袖から、見るからに高級そうな時計が覗く。
華やかで洗練された雰囲気は、いかにも業界人然としている。
四十前後と年若ながらも、アルテを始め、世界で活躍するモデルやマルチタレントを多く有する芸能事務所の代表。
現場や事務所でも、何度か顔を合わせたことがあるが、飄々としていて掴み所のない男というのが、絽伊の持つ七緒の印象だった。
「絽伊、久しぶり。朝早くから呼び出して悪かったな。朝食は?」
「まだ食ってません」
「それじゃ、一階のカフェで食べながら話そう」
スマホをいじりながら、今入って来たばかりの部屋を出る七緒に、吉岡と絽伊も続く。
「絽伊とアルテのこれ、すごいじゃん」
事務所併設のカフェに着くなり、七緒は雑誌をテーブルに広げた。約一ヶ月前に、アルテとペア撮りした例の撮影のものだ。
「もう本になったんすか」
「少し前に発売したって教えたはずだけど」
吉岡に睨まれ、肩を竦ませる。
「じゃあ、今結構すごいことになってるのも知らない?」
「すごいこと?」
七緒に問われ、絽伊は意味がわからず首を傾げた。
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