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「……あの、どちら様でしょう」
最後の高校生活を終えた帰り道。お迎えは天女らしく夜という事で、私は最後のファストフードやプリクラを楽しみ、地上での余韻を噛み締めながら一人歩いていた。
そんな私の前に、暗がりから急に二人が姿を現したのである。
「どちら様って……嫌やな~、月からのお迎えに決まってるやん」
オーバーリアクションで肩を竦め、関西弁を喋る男性。
「そうそう。貴方をお迎えに上がりました、輝夜様」
もう一人も男性で、恭しく腰を曲げたのち手を差し出してくる。
天女って、「女」って付いているからてっきり女性だけなのかと思っていた。いや、目の前のこの二人が天女であるかどうかも疑わしい。
「……警察を呼んでも良いでしょうか」
私は二人から目を離す事無く携帯を取り出した。素早くロックを解き、通話ボタンを……
「あーっ! 待って待って! ちょお不審者やないって~!」
「どこからどう見ても不審者にしか見えないのですが?」
「え? どこが不審者ですか?」
こてんと不思議そうに首を傾げる標準語の男性。「可愛いやんな~?」と関西弁が標準語と顔を見合わせ、同じように首を傾けた。それに合わせ、ふるんと耳が揺れる。
頭の上からにょっきり生えた(生えているように見える)兎の耳が。
それだけなら某テーマ―パークに行って、キャラのカチューシャを買って着けているのかなで済むのだが。
「輝夜様をお守りするために鍛え上げた体! 輝夜様を楽しませるために学んだギャグ! そして可愛くてカッコええこの顔!」
関西弁は一言発する度にいちいちポーズをとる。サイドチェスト、アドミナブル・アンド・サイ、そして最後にダブルバイセップス・フロント。
ウサギの尻尾が付いた肩出しレオタードを身に纏った色白細マッチョ。
それが今目の前にいる男性二人組なのである。
どうしたって不審者。いや、変質者?
「違います。変質者ではございません」
私の頭の中を読み取ったかのように、もう一人が口を開いた。執事のように
左手を前に出し、やや身をかがめたまま。でもバニー姿。
「……では何だと?」
「わたくしたちは月兎でございます」
「そやで! あの、月で餅ついてるウサギさんや! 毎日餅ついてるから、こーんなに筋肉ついてもうた!」
分からない……いや、分かる。納得してしまう。そうだよね~。毎日餅つきしかしてなかったら筋肉ついちゃうよね~……って、
「嫌だ!! 月からのお迎えは満天の星空から風に靡く羽衣を纏った美しい天女が輝く牛車を従えて音も無く下りてくる方が映えるし私もそっちを期待してた!」
「しゃーないやん。昔と比べて現代は物騒なんやから」
「そうです。わたくしたちのような屈強な者がお傍におりませんと」
「杵で戦えるしな!」
「わたくしたちの姿を見ただけで、結構皆様逃げられますしね」
「それはお前らがただの変質者だからだ!!」
「輝夜様、お言葉が少々……」
「そやで。綺麗な顔も台無しやし」
二の腕を掴んでこようとする手を振り払い、乱れた黒髪そのまま、私は肩で息をしながらギロリと二人を睨み付ける。
「私はかぐや姫らしく、雅に帰りたい!」
こんな二人組と居る所誰かに見られたら、私もその仲間と思われてしまう。
くるりと踵を返し、駆け出した。
「あっ! ちょお輝夜様!?」
「逃げられるとは……。地の果てまで追い駆けさせて頂きます」
ああ、月へ帰りたくないかぐや姫の理由が、「迎えに来たのが細マッチョバニーだったから」なんてありえます?
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