しせん、しせん。

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 ***  それが、遺書の全文であった。  浦部由美子。ホラー作家をしている僕の友人、浦部崇の妻の名前だ。彼女はつい一か月前、アパートのベランダから飛び降りて命を絶ったという。  そして見つかった遺書がこれ。  崇は憔悴した様子で、僕に相談してきたのだった。 「……正直、彼女が何を言っているかさっぱりわからねえんだ」  大学時代からの付き合いである彼。学生時代ラグビーをやっていて、かなり屈強な体格のマッチョ男というイメージが強かった。今はしがない会社員だが、それでも年賀状によれば筋トレは欠かさずしているという話であったはずである。  しかし。正月に挨拶をした時からさほど月日も過ぎていないのに――明らかに別人のようにやつれてしまっている。妻が突然自殺したとあっては分からない話ではないが。 「実はな。……うちの近所に神社なんてねえんだよ、健司」 「え?でも、遺書には、奥さんは近所の神社でバイトしてたって……」 「それがまず謎なんだ。あいつがどこの神社で仕事してたかがわからねえ。契約書の類も出てこねえ。何より不気味なのは」  彼は大きな手で頭を抱えて、カフェのテーブルに突っ伏したのだった。 「……たった四階の高さから落ちただけ、なんだぜ?それなのに、何で人の体があんなぐちゃぐちゃになるんだ?由美子は顔は潰れて、両手両足が全部根本から千切れてやがったんだ。警察も、人がただ落下しただけじゃこんな死に方するはずがねえって……いや、他殺だとしてもどうしたらこんな風に手足が千切れたりするのかわからねえって言ってた。なあ、健司。お前、こういう話詳しいんだろう?何か、何かわからないか?」  僕は、黙り込むしかなかった。なんせ僕はただのホラー作家であって、霊能者ではないのだから。  でも、予想するくらいのことはできる。  恐らく、彼女は“なにか”、人知を超える存在の領域に足を踏み入れてしまったのだろう。そして、“仕事を途中でやめてはいけない”という禁に触れたから祟りを受けてしまったのではなかろうか。 ――けど、なんて説明したらいいんだ。  世の中には、何一つ悪いことなどしていなくても、意味もなく理不尽を与えてくる脅威というものがいるのだ。  それが神なのかアヤカシなのか悪魔なのか、はたまたそれ以外のナニカであるのかはわからないけれど。
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