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「まさかここに収容される堕天使…いや、悪魔が来るなんて思わなかったな」
看守達が去ってから、放り出されて転んだ悪魔に近づき、ハイドラは彼と目線を合わせた。
悪魔は未だに状況が掴めていないようで、頭上にクエスチョンマークが見えるようだ。
「なに?お前なんであんなにビビられてんの?
こんな風が吹いたら折れそうなモヤシにビビる要素あんのかよ?」
「君も知ってるでしょ?ぼくが天界の宮殿で起こした事件…
逆に、なんでそんなにぼくを恐れないのか疑問なんだけど…」
ポリポリと頬を掻きながら苦笑する。
そんなハイドラを見て悪魔は舌打ちをした。
「宮殿の事なんざ知るかよ。
お綺麗な宮殿で起きた事件なんて、そこに篭ってる天使共しか知らねェに決まってんだろうが!
俺の居たスラムじゃそんな情報入ってきても気にも止めねェ、そんなん知ったところで腹が膨れるワケでもねェし皆直ぐに忘れる」
「スラム…?天界にスラムなんて…」
はじめて聞く事実にハイドラは驚愕する。
そんな様子を見て、悪魔は苦虫を噛み潰したような顔でさらに捲し立てた。
「フン、あるんだよ、それが。
身体や心、知能とか理性なんかが欠けた天使達は宮殿には入れねェ。
殺すのも道理に反するみてェだから、最果ての肥溜めに押し込めて、勝手に死ぬまで放置する。そんな汚い場所がな。
お偉いカミサマのクセにそんなことも知らねェのか?
つくづく能天気な坊ちゃんだなぁ…!」
「そんな……」
「まぁ、綺麗な場所で綺麗な服を着て美味い飯をたらふく食ってたお前なんかにゃ、俺たちの辛さなんて分かんねェだろうな…!!!
宮殿から出る生ゴミを住処の前に投げ捨てられ、僅かなそれに虫のように群がって、汚い汚いと綺麗な服を着たウザってェ天使共に嘲笑われる悔しさなんか!!!
暇を持て余した天使共に、ストレスの捌け口として好き勝手弄ばれ虐げられる俺たちの痛みなんか!!!」
叫びは雄叫びの様な荒々しさに変わり、目からは無意識であろうが涙が溢れ出している。
怒涛の勢いで捲し立てる悪魔に気圧され、ハイドラは何も発することが出来なかった。
「だからさ、殺してやったんだよ。
いつもの様に俺たちをいたぶりに来た天使共に不意打ちカマしてさ。
見物だったぜ、アレは!
いつもは余裕ぶっこいてたニヤケ面が、俺たちを恐れて、主よ、主よって泣き叫んでた!
小便漏らしてる奴も居たっけ?
たまらなかったぜ、弱ェ奴をいたぶるのはよ。
なのに、ここから俺たちの楽しい復讐劇が始まるハズだったのに…
死にそびれた天使が援軍呼んでて、あっという間に捕まっちまった。
俺たちは反抗も許されねェなんて。
それなら、いっそ早く殺してくれって、何度願ったか……
どうせまた死ぬことも許されず、一生ここに閉じ込められるんだ……
クソが、最悪だぜ……」
ハイドラは絶句したまま動けずにいた。
この悪魔と自分は同じだ。でも違う。
彼は反抗したのだ。
自分はそんなこと、思いついたことがない。
自分が弱いから、自分が悪いからと思い込み、ひたすらに耐えていただけなのに。
すごい、こんなことが出来るなんて…
感動で手の震えが止まらない。
ハイドラはフラフラと立ち上がり、悪魔の後ろに回った。
「もう全部どうでもいい、早く牢に繋げよ…
ってお前、何してんだ?」
__ガチャリ
重たい手錠と鎖が外れる。
悪魔は呆けた顔で背後のハイドラを振り返った。
「ねえ、ぼくと友達になって。
君の話がもっと聞きたい。
名前はなんて言うの?」
「あ、え、エニグマ……だけど……」
「エニグマ!かっこいい名前だなぁ!
ねえもっと話そう!
僕なら、君の願いを叶えられる!」
そう言ったハイドラの顔は、かつてポセイラとルステルに向けられた笑顔と同じだった。
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