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ヘリオルは自室で頭を抱えていた。
ハイドラがスラムの民を魔界へと迎え入れ、プロメリアが群衆の中心で火を放ち多くの怪我人が出てから、全てが狂った。
その前から既に狂っていたのかもしれないが。
天界は混乱を極め、天使達の創世神を求める声は日に日に大きくなっていった。
「ヘリオル…顔色が悪いわ、今日も寝ていないの?」
そう言ってヘリオルの部屋に入ってきたアトライアの顔も、疲れが隠せていない。
創世神がいない今、実質天界の頂点として全ての物ごとの指揮を取っているのは、ヘリオルとアトライアだ。
時間が経っても混乱は収まらず悪化するばかりで、捌いても終わらない作業に二人は疲弊しきっていた。
「お前も眠れてないだろう、アトライア。
その手にある書類は私がやっておくから、少しここで休んでいくといい」
クマが濃く刻まれた顔で、アトライアに優しく笑いかけるヘリオル。
兄であり、同時に愛しい人でもあるヘリオルの、こんな時でも変わらぬ優しさに胸が痛い。
いても経っても居られなくなったアトライアはヘリオルを背後から抱きしめた。
「私たちだけではもう無理だわ、ヘリオル…
創世神が居なくては、この事態はどうしようもならない。
せめて、少しお姿を表してもらうくらいなら…」
「……ダメだ」
「っ、どうして?!
私、もう貴方だけがこれ以上辛い思いをするなんて、耐えられない…っ!」
疲れの奥に強い瞳の輝きを残したヘリオルは、じっと前を見据え切り捨てた。
創世神がお隠れになった理由は、アトライアにも話してはいない。
自分と、創世神しかこのことを知らない。
完全に回復をしていない創世神が姿を表そうものなら、その隙を狙ってハイドラが何かをしでかすかもしれない……
少なくとも、ハイドラの様子が変わってしまった今、いたずらに事を急くべきではないと判断したのだ。
ヘリオルは立ち上がり、アトライアを正面から抱き締め直して言った。
「プロメリアによれば、ハイドラはもう闇の力を自在に扱えるのかもしれないそうだ。
ハイドラの今の心情はわからないが、魔界で何か騒動を起こしこちらにもその火の粉が降りかかるかもしれない。
今は警備と兵力を整え、厳重体制を敷かなければ。
その為にも、アトライア。お前の癒しの力が必要なんだ。
私がそばに居るから、少し休みなさい」
そしてアトライアの額に軽く口付けを落とし、ベッドへ運び横たわらせる。
「わかったわ、ヘリオル…
でも、それなら貴方も共に休みましょう?
私…貴方が横にいないと眠れないわ」
駄々を捏ねる幼児の瞳で、アトライアが服の袖口を掴んだ。
この目をしたアトライアはもう何を言っても聞かない。
ヘリオルは困った様に笑いながらアトライアの手を取り指を絡ませる。
「まったく、私はお前のその瞳に弱いというのに……
そうだな、少しだけ共に眠ろうか」
それは、これから始まる戦争の前の、唯一の安らぎのひと時だった__
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