♯19

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ

♯19

 森の小道にたどりつくまでに、更に2頭のゾンビ犬に襲われた。  1頭は翔ちゃんが頭をバットで叩きつぶし、もう1頭は、由羅が得意のハイキックで地面に落としたところを、流伽がすかさず眉間にニコチン入り注射針を刺して絶命させた。 「ま、ゾンビの弱点は昔から頭って決まってますからね」  足元に横たわって痙攣するゾンビ犬を冷ややかに見降ろして、流伽は言ったものである。  そいつは前に見たのと同じく、全身の皮膚が膿み爛れていて毛が一本もなく、きわめておぞましい代物だったのだけれど、日頃からサソリやタランチュラと同居している彼女にとっては、さほどの驚きでもないようだった。  学校に戻り、水飲み場で一服。 「あー、腹減ったな」  蛇口を全開にしてバシャバシャ顔を洗い、首にかけたタオルでごしごし拭くと、由羅がぼやいた。 「よかったらうちに来ない? 簡単な昼食くらいごちそうできるし、実はみんなに見てもらいたいものがあるの」  人差し指と中指の2本でフチなし眼鏡を少し上げ、裸眼で私たちを持回すと、翔ちゃんが提案した。 「何? 見せたいものって?」 「うちの父さんのコレクション。遺跡から発掘した埴輪とかそういうのだけど、これがなかなか変わってて」 「何だ? 簡単な昼食って?」  由羅の興味はあくまでそっちらしい。 「そーめんでどうかな? これだけ暑いと、あっさりしたもののほうが食が進むでしょ?」 「そーめん? いいな。それで行こう」 「デザートにスイカくらいはつけられるよ」 「おお、それ、むっちゃデリシャスじゃん!」  というわけで、一同めいめいの自転車にまたがり、翔ちゃんの家をめざすことになった。  翔ちゃんの家は、農家を買い取った一軒家で、目抜き通りから少しはずれた高台の上にあった。 「この川に沿って上流に進むと、さっき言ってたダムにつくんだよ」  庭の隅に自転車を止めながら、崖下の川面を見下ろして翔ちゃんが言った。  この辺は川の中流に当たっていて、鮎の解禁の時期だからか、釣り人の姿が多い。  宝石みたいにきらきら輝くさざ波を見ていると、平和すぎてゾンビ犬やゾンビなんてうそみたいだ。 「父さん、いる?」  縁側に立ち、翔ちゃんが母屋の奥に声をかけた。  部屋の隅の暗がりで何かが動く気配がして、やがてもじゃもじゃ頭が柱の陰から顔をのぞかせた。 「何だ。翔子か。朝っぱらから騒々しい」 「もうお昼すぎだよ」  呆れたように翔ちゃんが言う。 「あのね。友だちつれてきたの。父さんのアレ、みんなに見せてあげてほしいんだ」  
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!