♯20

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♯20

「理想の男性は?」  と誰も私に訊いてくれないので、今までずっと黙っていたけど、文学オタクである私のイチオシは、間違いなく彼、芥川龍之介である。  『国語便覧』の紹介ページに載っていた白黒写真の虜になって以来、ずっとそうだった。  その芥川龍之介激似の人物が、今、私の目の前でただ黙々とそーめんを食べている。  そう。  翔ちゃんの実の父親、家守虎一郎氏、その人である。  もじゃもじゃの頭、アンニュイなまなざし、尖った鼻、削げた頬。  外見もかっこいいし、フーテンの寅さんのお兄さんみたいな虎一郎って名前もぐっとくる。  が、問題は、寝起きの芥川龍之介がテーブルの上に並べた土人形の列だった。 「なんかこれ、全部きもいね。宇宙人なんじゃねーの」  負けじとそーめんをすする由羅は相変わらずのため口だが、虎一郎氏は心が広いのかそもそもジョシチュウガクセーという生き物自体に無関心なのか、声を荒げる様子もない。 「言い得て妙だな。実は私も最初そう思った」 「最初ってことは、今はどうなの?」  と、これは翔ちゃん。 「あの、私見をはさむようで恐縮なのですが、これ、奇形の人間を象ったものではないでしょうか? たとえばこの、右腕が触手になったものとか、こっちの下半身が蜘蛛の胴体になってるのとかですね。異星の生命体というより、キメラという印象を受けるんですけど」  そうなのだ。  流伽の指摘する通り、テーブルの上に並んだ5体の埴輪は、どれもむちゃくちゃな造形をしていた。 「君もなかなか鋭いな。私も同意見だ」  箸を置き、今度はスイカをひと切れ手に取ると、ひと口かじる前に流伽に向かって虎一郎氏がうなずいた。 「あの遺跡は3世紀後半、ちょうど卑弥呼の時代のものと推定される。その頃、この地方では、ある重大な疫病が蔓延していたのではないかと、私は考えている」 「疫病、ですか?」  つい引き込まれて口を挟むと、 「さよう。人間をこんな奇形に変えてしまう疫病さ」 「パンデミック」  宙に視線を固定して、翔ちゃんがつぶやいた。 「もし、それが現代によみがえったとしたら…?」 「ん? おまえら、何か知ってるのか?」  虎一郎氏の口調が、鋭く尖ったようだった。 「発掘作業中に起こった事故については、門外不出、報道管制が敷かれてるはずだが」 「そんなの、もう手遅れだと思うよ」  翔ちゃんが、眼鏡越しに父親をじろりと睨んだ。 「だって街にはもう、パラサイト生物やゾンビ犬が現れてるもの。人間のゾンビの目撃例だってある」 「パラサイト生物? ゾンビ犬? 何だ、それは」 「パラサイト生物というのは、ロイコの新種だと思われます。さっき採取してきましたから、ごらんになりますか?」 「人間ゾンビと戦ったのはうちなんだぜ。どうだ、すごいだろ?」  流伽と由羅が、それぞれ自分の言いたいことを同時に言った。  ったくもう、虎一郎氏は聖徳太子じゃないっていうのに!
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