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♯3
映画や小説、漫画もそうかな。
とにかくフィクションの世界では、主人公が目覚めると、世界はゾンビだらけになっていた、というのがよくある。
でも、経験者である私に言わせてもらうと、異変というのはそうそう突然にはやってこない。
そういうものには必ず予兆みたいなものがあり、小さな違和感が少しずつ積み重なって、ある日突然爆発的に膨れ上がる。
とまあ、そんな感じだと思うのだ。
だから私が最初に違和感を覚えたのは、あの日。
男子たちの草野球に翔ちゃんが代打として呼ばれて、外角低めの球をいきなり場外にかっ飛ばしたあの日のことだと思う。
「うは。すげえ」
フェンスを軽々超えていく打球の行方を見守って、深瀬君が呆れたようにつぶやいた。
「場外ホームランだ。出たな、翔子の神スウィング」
私もびっくりだった。
翔ちゃんは無造作に打席に立ち、なんだかゴルフっぽいスウィングで、相手投手の剛速球を軽くすくい上げただけだった。
ところが。
しなやかな躰が伸び切り、スカートが一瞬太腿のあたりまでめくれ上がったかと思うと、次の瞬間、打球は空高く舞い上がっていたのである。
「代走、お願いね」
足元に丁寧にバットを置くと、翔ちゃんが気だるげに言った。
「私、昨日から生理でさ、あんまり走る気になれないのよ」
ふつう女子がそういうこと、男子の前で平気で言うか?
呆気に取られてぽかんとしている私の所に戻ってくると、
「ごめんごめん。ドルメンの話の続きだったよね」
眼鏡の位置を2本の指で直しながら、翔ちゃんが言った。
「いや、まあ、それはもう、どうでもいいんだけど」
「どうでもよくないでしょ? 今度一緒に見に行かない? って言おうと思ってたのに」
「ドルメンを?」
「うん。冷麺じゃなくてね」
「それより、今の何?」
「ああ、あれ」
私の視線に気づいて、翔ちゃんが草野球のダイヤモンドのほうを振り返った。
シャンプーのCMみたいに、長い髪が風になびき、ふわりといい匂いが鼻孔をくすぐった。
「私さ、小学校の頃、名古屋にいた時、野球のクラブチームに入ってて」
ダイヤモンドのほうが騒がしい。
よくわからないけど、ちょっとした異変が起こっているみたい。
ホームランボールを拾いに行ったはずのセンターが、すごい勢いで駆け戻ってくる。
「深瀬君のチームとも何度か対戦したことがあるから、彼がそれ覚えてて」
センターの少年は、グローブを投げ出し、何かわめいているようだ。
「何かな」
話を中断して、翔ちゃんがつぶやいた。
「あの子、何かに追っかけられてるみたいだね」
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