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♯6
そのあと結局、男子のうちひとりが先生を呼んできて、その先生が更におまわりさんを呼び、途方に暮れたおまわりさんがまた保健所に連絡してと、けっこう面倒なことになったように思う。
翔ちゃんはなんだか犬の死体に未練ありげだったけど、周りが騒がしくなると観察を断念して、
「行こう」
と私の手を引いて歩き出した。
「行こうって、どこに?」
「あの犬がどこから来たか、知りたくない?」
「え? べ、別に」
私にとって確かなのは、当分ソーメンは食べられないってこと。
大好物だったのに、あんなの見た後じゃ、とても無理だ。
グラウンドを出ると、そこは学校の裏門だった。
裏門の外は、幅の狭い道路をはさんで、すぐ森である。
あんまり奥まで行ったことはないけれど、森は1キロほど続き、その向こうは確か湿地帯になっているはずだ。
「可能性としては、この森からだね」
森との間の砂利道は、そこだけ真夏の陽光に曝されていて、灼熱地獄のように暑かった。
直射日光から逃れたい一心で、私は翔ちゃんに続いて森に足を踏み入れた。
森の中は湿度が高く、サウナみたいに蒸し暑かった。
しかもあちこちでクマゼミやミンミンゼミが喉を枯らして鳴いており、うるさいことこの上ない。
翔ちゃんは何か考えごとをしているのか、珍しく無言だった。
私のほうも、何を話題にしていいか判断がつかず、やれお弁当をベンチに置いてきちゃったけど、取りに帰る時間はあるだろうかとか、そんなあまり重要でないことをつらつら考えていたように思う。
で、気がつくと、道はかなり狭くなっていて、両側の樹々が夏服の袖を時折こする始末だった。
何か柔らかいものを踏んだような気がしたのは、10分ほど歩いた時のことである。
「わ」
やだ、ひょっとして、犬のウンチ?
飛び上がって足元を見た私は、全身の血液が音を立てて逆流するのを感じ、心底からぞっとなった。
スニーカーの下から這い出てきたのは、長さ20センチほどもある特大サイズのナメクジである。
しかも、大きいだけじゃなく、飛び出した目玉の柄の部分が、なぜかオレンジ色に発光しているのだ。
「翔ちゃん、もう無理」
私は泣き声を上げた。
「お願い。帰ろう」
翔ちゃんがナメクジを見て、次に私を見、そして前方へと向き直った。
森はそこで途切れ、少し先に雑草に覆い尽くされた湿地帯の水面が見える。
「いっぱいいるね」
翔ちゃんが額に手をかざして、言った。
同時に私も気づいていた。
湿地帯のあちこちで、オレンジ色の微光が移動している。
「な、何なの?」
声が震えるのがわかった。
「何かしら?」
翔ちゃんが、つぶやいた。
「とにかく今言えるのは、この湿地帯の向こう、あの里山の斜面にドルメンがあるってことだよ」
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