第六章「新たなる脅威」

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 夜が深まる中、茜たちが覚悟を決め、公園の中に入っていく。  桂坂(かつらざか)公園は中央に大きな湖があり、その周りを囲うように豊かな緑が広がっている。休日の昼間になるとスワンボートを楽しむ人もいて賑やかな場所だが、夜になると住宅街が近いだけあり、実に静かで不気味な空間となる。  麻里江が公園の入り口近くで早速ファイアウォールを展開し、茜と雨音は公園の奥へと進んでいった。  茜が走っているせいで激しくカメラが揺れる。  私は音声に集中し、前を見て夜道を急いだ。 「どうしたのよこれ……人が倒れてる」 「茜! 見て! 外灯の上に人が!」  茜のカメラが謎の女性を捉える。いや、信じられない。公園灯の一番上、ポールの上に人が立っている。 「あら……物々しい結界を張って表れたかと思えば、こんな小娘だなんて。  味気ないですこと、舞原市の魔法使いも他と変わらないわね」  美しい美貌を持った妙齢の女性がボディースーツのような衣装を着用し、余裕の表情で茜と雨音を見下ろしている。   「貴方は何者なの? この人たちは貴方がやったの? 答えてっ!」  警戒する茜が正体の分からない相手に声を大きくした。  仕事帰りのサラリーマンだろうか、三人の背広姿の男性が目の前で倒れている。それだけでもう茜は怒りの感情に震えていた。 「だったらどうだっていうの? 精気を吸って、魔力を吸って、あなた達だって生きるためには栄養が必要でしょう? 必要なものを手にするために争いあうことを知らないお嬢さんには分からないことかもしれないですけど」 「人を無差別に襲っておいて……覚悟はできてるんでしょうね……」 「ふふふっ……いいわよ、相手をしてあげる。  もう、そこにいるのは私の奴隷だから。せいぜい楽しんでちょうだい。  知り合いかどうかは知らないけど、ちゃんとまだ生きてるわよ」  現れた謎の女性は倒れている三人の男性の後ろ、湖のそばに立ち、状況を見物する腹のようだ。    茜が勇気を振り絞り、そこまで飛びかかろうと今にも動き出そうとするが、倒れていた三人の男性がゆっくりと不自然に身体を揺らしながら起き上がると、茜の動作が止まった。 「なんで……この人たち、全然雰囲気が違う」  口を半開きにし、不安定な佇まいをする姿に茜は怯えた表情を浮かべた。 「それはそうよ、もう屍人なんだから。でも。十分に人形として使えるわよ」  両手を前にし、ゆっくりと茜と雨音に不安定な足取りで近寄っていく屍人たち。  ホラー映画のような光景にどう対処すべきか茜は悩むが、考える時間は残されてはいなかった。  明らかな敵意を示す謎の女性、よく見ると白い髪に牙のような歯も生やしていて、異世界から舞い降りたような容姿をしていた。  私はスマホの画面を見ながらその正体に覚えがあり察しがついたが、きっと三人には想像の及ばないところだろう。  彼女たちにはまだ魔法使いか、それともゴーストなのか、それすらも答えが出ていない。  だが、迷っていられるほど余裕のある状況ではないことだけは確かだった。  茜は迫ってくる男性が先ほどまで普通に生きていたことを想像してしまい、刃を向けることが出来ず、そのまま取っ組み合いになった。 「くっっ!!! お願いっ!!! 目を覚ましてっ!!」  声を張り上げ、必死に歯を食いしばって襲ってくる屍人たちを押さえる。  まだ望みを捨てない茜の清純な魂が心に響いてくるが、明らかにこの状況においては悪手だった。 「茜っ!!!」  心配のあまり少し距離の離れた場所から声を上げる雨音。しかし、そんな雨音の方にも一人の屍人が近づいていく。 「いやっ!! 来ないで!!」  言葉の通じない相手に雨音は手に持った日傘を使い、迫りくる屍人を押し倒した。  魔力の注がれた傘で突き刺すと屍人は呻き声のような断末魔を響かせ、次の瞬間には血を流したまま動かなくなった。  一方、茜は二人の屍人を相手にするので必死になっていた。 「正気に戻ってよっ!! お願いだからっ!!」  二人の男性を救う手段がまだあるはずだと望みを捨てない茜は完全に体格の差で押し負けていた。 「いい光景ね。自分が喰われるまでそうしているつもりかしら?」  今にも噛みつこうと迫る男たちの様子を楽しむ女。そこには立憲主義や人権主義を守るようなまともな人間性は感じられなかった。 「貴方には分からないかもしれないけど、この人たちは一緒にこの街で暮らしてる仲間なんだよっ!! だから、諦めていいはずなんてないのっ!!」  人への想いとしては、模範的なまでに苦しみながらも諦めきれない意志の強さで、悲痛なまで叫ぶ茜。だが、腕を掴まれ自分で作った衣装を容赦なく破かれると、皮膚まで届く鋭い痛みと大事にしてきた物を破かれる悲しみで瞳から涙を滲ませていた。 「茜!! もう諦めて!! その人たちは魂を喰われてしまっているのよっ!! 私たちの声は届きはしないのよ!!」  言葉と共に遠方から何本もの光の矢が迸る。麻里江の放った光の矢は真っすぐに二体の屍人の身体を貫き、そのまま倒れ、血を流しながらピクリとも動かなくなった。  屍人から解放された茜はその場で尻餅を付いて、救えなかったことへの喪失感に苛まれ、安堵する余裕もなく呼吸を荒くしていた。
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