第六章「新たなる脅威」

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 フクロウから姿を魔物へと変異させた化け物は2m以上の身長を誇り、強靭な筋肉で体を覆い。翼を両肩に生やしていた。  熊のような肉体に鋭い爪を生やす化け物は茜へ向かって飛びかかった。 「くっっ!!」不可視の剣で受け止める茜は歯を食いしばって振り下ろされた大きな腕を押さえこんでいる。 「この程度か……この街の人間は……」  物足りなさを嘆くような言葉と共に、化け物は想像以上の力を発揮して力不足の茜を簡単に吹き飛ばした。 「ああああっっ!!!!」  力任せに吹き飛ばされ、木に激突した茜はあまりの痛みに悶絶した。  雨音と麻里江が倒れこんだ茜に駆け寄り、声をかける。 「あれは今まで私たちが戦ってた相手と全然違うよっ!」 「でも……あたし達がやらないと……また同じような被害が……」  治療を試みながら声を掛ける雨音に、茜は大きなダメージを受けながらも屈しようとしなかった。 「私が時間を稼ぐから……その間に茜を治療してっ!!」    茜が戦えなくなっては逃げることも難しくなると危機感を強める麻里江は前線に立ち、弓を引く構えをすると、光の矢を化け物へと放った。  だが、矢は命中したにも関わらず、まるで効いている様子はなかった。 「ふんっ……嬲り殺してしまっていいのだろう?」  強いオーラを放つと足元に矢が地面に落ちそのまま虚空に消えていく。  後方で見守る女は満足げに嘲笑した。 「そうよ……遠慮なく殺してしまいなさい。魔法使いは一匹も無駄には出来ないわ。まとめて捕らえて殺してしまいなさい!」  女の言葉を受け、化け物は一歩ずつ麻里江に迫っていく。麻里江は続けて矢を放とうとするが震えてしまっていた。すると一気に距離を詰め、至近距離まで近づくと剛腕を振り上げた。 「アンブレラシールド!! 集中展開!!」  雨音が手に持っていた傘が魔力によって大きく拡張し、麻里江の身体を覆うと、華麗な手腕で豪快に放たれた剛腕を受け止めることに成功した。 「私の力はみんなを守るためにあるもの、怯んでなんていられませんっ!」  勇敢に魔力を行使し、仲間の防御に徹する雨音のおかげで麻里江は九死に一生を得た。  だが、傘による守りも長くは続かない、次々とサンドバックを叩くように放たれる拳で傘がどんどんど凹んでいき、今にも破壊されそうな勢いであった。 「ありがとう雨音……このチャンスは無駄にしないよ!」  次の一撃にすべてを賭けようと、矢を構える麻里江。  光を放ち始める矢は電流を帯び、さらに大きな魔力を纏っていく。 「いけるよ! 雨音!!」 「うん、お願い! 届いてっ!!」  二人身体を寄せ合い、雨音が傘に隙間を開けると、その穴に向かって光の矢を麻里江は放った。  今度はより強力な魔力を込めて、電気を走らせる矢が化け物の鍛え抜かれた腹筋に突き刺さる。  そのまま化け物を後方へ押しやるほどの一撃は威力十分に見えた。  それでも、強烈な麻里江の一撃を受け止めた化け物はさらに咆哮を上げ、翼を大きく開くと、そのまま暴風を起こした。  雨音は飛ばされそうになる麻里江を腕で抱え、展開したアンブレラシールドで防ぎ切ろうと、片手をかざして懸命に耐え続けた。 「早く……立ち上がらないと……」  戦う二人を木にもたれかかったまま見守ることしか出来ない茜はなんとか身体に力を込めるが、暴風が止まるのを待つことしか出来なかった。 「小細工をいくら講じようと、人間のすることなどたかが知れたものよ」  今度は翼を広げて迫ってくる巨体。本来の動きの鈍さは翼の力を借りて相殺され、あっという間に距離を詰めた半鳥半人の巨体の一撃が身体を寄りそう二人に降りかかる。 「あああぁぁぁ!!」    二人の声が重なり、大きな悲鳴となって木霊すると、そのまま傘はいとも簡単に破壊され、そのまま二人は拳の力をまともに受け跳ね飛ばされた。  勢いのある強烈な一撃を受けた二人はそのまま倒れ、意識が朦朧としながら立ち上がれなくなった。 「脆いな……何と張り合いのない」  饒舌に口を開き、戦いの中で高ぶる興奮。  自らの溢れる力の感触に酔う化け物の視線は木にもたれかかっている茜へと既に注がれていた。  ―――茜、もうすぐ到着するから、ここは引きなさい。これ以上の戦闘は危険よ。  私は望みを繋ぐために茜に声を掛けた。茜の片方の耳にはワイヤレスイヤホンが付けられている、私の声は確かに届いたはずだ 「……あたしは魔法戦士だから、誰にも負けられないの。  この街を守るって……自分の手で守りきるって決めたから。  先生ごめんなさい、あたしが頑張らないと……」  気持ちの部分だけは絶対に負けられないと、気迫だけを武器に再び立ち上がった茜。 「これ以上犠牲者を出すわけにはいかないのっ!!」  目の前の化け物は放置できないと魔力を放出して風を纏って不可視の剣を構えると、茜は再び化け物と対峙した。 「力の差がわからんとは……愚かな。壊れてしまっても知らんぞ」  明らかな体格差を武器に、半鳥半人の化け物は次には茜の息の根を止める勢いだ。  さらに、戦闘の様子を武闘会のように楽しんで見ている後方の怪しい女も歓喜に震えながら声を上げた。 「そうよ……人間は脆く弱いのに長生きばかりしたがって他者を支配しようとする。でも、人間が持つ魂の味は絶品だわ。特に子どもたちのものは」 「まさか……貴方がスクールバスの事件を引き起こしたの?」  ネットニュースの速報で見た、あまりに残忍な犯行の実態を思い出した茜は確かめずにはいられなかった。  私が話しを聞くのに集中する中、茜の怒りのこもった問いに平然と女は言い放つ。 「あら、珍しいことだったのかしら。確かに子どもを活用して魔力を補充させてもらったわ。人間を扱うのは容易いものね」 「そんな……酷い、絶対に許せないよっ!!」  人権意識の欠片も感じられない女に対し、茜は怒りに震えた。  後方で戦いの様子を眺めるだけの女。それに対して、化け物に屈しない心で再び向かっていく茜。戦いは終わりを見せることなく、次の段階へと進んでしまった。    ただ見守ることしか出来ない私は、茜が緋色に輝くファイアブランドを展開し、一気に振り下ろして光が辺りを包み込んでいくのを見た。  光が消え、白い煙が公園を覆っていたが、それも徐々に解かれていく。  私は茜の無事を祈るが、無情にも茜が倒れている姿が映り、化け物がその身体を片手で軽々と持ち上げていた。   「あああぁぁぁ!!」  上半身を握り潰そうと力を込める化け物の腕に包まれ、茜が悲痛な声を上げる。    風前の灯火となった命が今にも消えかかろうとする中、私は公園に到着し、スマホ画面を見つめ、生徒の死に直面する運命を呪った。 「さぁぁ!! 殺してしまいなさい!!」    女の興奮に酔いしれている声が響き渡る。私は茜の苦しむ姿を見るのが耐えられず、目をそらそうとした。  ―――その時だった、二人の見知らぬ少女の姿が視界の中を機敏な動きで舞うのを見たのは。
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