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「先生、すみません……」
戦いが終わり、雨音の治療によって目を覚ました茜は、いきなり私の姿を見ると謝罪の言葉を掛けてきた。
雨音と麻里江の怪我はファイアウォールと自己治癒力により大したことなく、混乱はなく落ち着いていた。
茜は突然現れた二人が戦っている姿を見ていたようだが、戦いが終わり雨音が治癒のヒーリング能力をかけ始めると安心したのかすぐに寝息を立てて眠ってしまった。
すぐに三人を送り届けるのがベストであったが、茜の状態を見るとそういう訳にもいかず、私たちは揃って茜の家まで送り届けたのだった。
「今日はゆっくり休みなさい、貴方は十分に戦ったわ」
この年頃の少女に何と言葉を掛けていいかはまだよく分からない。しかし、今は茜にはゆっくり休んでほしかった。
「はい……先生、あたしは諦めたりしません、逃げたりしません。死に急いでいるわけでもありません」
「分かっているわ」
茜は自分に負けないように言葉を紡いだ。そして、涙を堪えて必死に前を向いていた。
私にはここにいる、二人の親友と同じように優しい言葉を掛け、寄り添って上げるのが一番大事だと信じるしかなかった。
「茜、今日はゆっくり休むのよ」
ヒーリング治療を終えた雨音が声を掛ける。もう、それで十分だったのか、再び目を閉じて、茜は眠り始めた。
擦り傷は残っているが、消耗した魔力の影響は雨音のおかげでなんとかなった。戦闘中には感じられないが、こうした戦いの後になると雨音がいることの大きさを痛感する。茜が全力で戦えるのは雨音がいてくれているおかげだ。
「貴方がいてくれなければ、この子はとっくの昔に死んでいるでしょうね」
私がたまらず呟く。言葉にしてみて、茜の悔しい気持ちに感情移入している自分がいることに気付いた。
「先生、そういう悲しくなることは言いっこなしですよ」
雨音は聖母のように優しい微笑みを浮かべていた。
「そうです。私たちの戦いはこれからも続いていくんですから。
感傷に浸っている暇はありませんよ」
教師である私の方が喝を入れられた形だった。彼女たちの言う通りなのかもしれない。死を意識してばかりでは、恐怖に恐れているばかりでは満足に戦うことはできない。
もう覚悟が出来ているこの三人のためには、先のことを一緒に考えてあげるしかないのだ。
「服は、茜と一緒に直します、それで、また戦えるはずですから」
家が近いという雨音はここに残ることを告げるのと一緒にそう言った。
茜を家に連れ帰ってすぐにパジャマに着替えさせた。
彼女たちが魔法戦士の戦闘装衣と呼んでいる派手な衣装は至るところが破けて修繕するのは実に時間と労力を必要としそうだった。
「貴方達って本当に不思議ね……」
茜の部屋には魔法少女もののアニメのポスターやDVDがたくさんあり、押し入れには多くのコスプレ用の衣装が入っていた。日頃から触れ合う好きでやまないものに自分がなる、その事が茜の原動力になっていることは共感は出来なくても良く分かった。
「茜が特別なんです……私たちには人並みの正義感しかありませんから」
「それでも、十分すぎるくらい頑張っているわよ」
私がそう言うと。二人は嬉しそうに笑っていた。
雨音を部屋に置き、私は残った麻里江を家に送るため車に戻った。
「すっかり遅くなってしまいましたね」
「本当よ……こんなことになるなんて想定外よ」
助手席に乗って、会話する麻里江はもう普段通りの彼女の自然な姿になっていた。シートベルトを締めると私よりもふくよかで大きな胸が強調される。神聖な巫女服姿にも関わらず、何ともスケベ心が目覚めそうな危険な雰囲気だった。
「先生は……今回の一件がどれくらい見えているんですか?
戦闘になったのは突然で偶発的なものだったとも言えますが、相手は私たちを誘っている……狙っているようでした。
それに今までのゴーストと全く違う点がいくつもありました。
魔物のようなあまりに凶暴な化け物の召喚してきたのもそうですし、あの人間離れした容姿の女性は知性を持ち魔力も駆使してきて魔法使いのようにも見えました。
スクールバスの事件の関与を仄めかす発言もしていましたし……。
後になってやってきた二人の魔法使いのことも……」
「考えるのはこれからにしましょう」
責任感の強い麻里江らしく、もう今回のことを頭の中で整理し、疑問点を
まとめ上げているようだった。
だが、ある程度その疑問にこたえられるだけの回答を既に私は持っていたが言葉を切った。
「ですけど……」
気になってしまうとなかなか眠れないのかもしれない、麻里江は納得しかねている様子だった。
「仕方ないわね……私もまだ確信に至っていないことはあるのよ。
でも、二人の魔法使いに関しては見覚えがあるし、今回のゴーストについてもある程度の検討は付いているわ、その危険性もね。
あの新しいタイプのゴースト、私たちの間では上位種と呼んでいるけど、そいつがスクールバスの事件にも関与しているのは本人が自白していることからほぼ間違いないんじゃないかしら」
「確かに私もあの二人には見覚えがあるんです、凛翔学園で。一年先輩の……」
「分かっているなら、無闇に接触しない方がいいわ。協力し合えるのがいいけど、あまり刺激して対立することになったらその方が厄介よ」
「今は……距離を置いて泳がせておくってことですか?」
「それが得策よ。あのゴーストとだって、私たちが割って入って共戦して勝率が上がる保証はないでしょ?」
「そう……かもしれませんね。茜はどう考えるかは分かりませんが」
麻里江とはこうしてなんとか意思を共有できたが、果たして茜とはどうなるか。そんな不安を抱えながら、走行を続けていると神代神社の石段の前まで辿り着き、私は麻里江を降ろすと、ようやく一日の終わりを実感した。
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